古来より犬は人間の良きパートナーとして共に暮らしてきた。言葉は通じず意思疎通を卒なくこなすことも難しいが、親愛の情を持って接してくれる彼らを家族同然の存在と考える人も多いだろう。
しかし犬と人間とでは決定的に違うものがある。それは寿命だ。犬に与えられた一生は、人のものとは違いすぎる。それ故に同じ時間を生きながらも、ずっと一緒に生きていくということは叶わない。
今回紹介するのは、一人の男の長い人生と、彼に寄り添い共に歩んでいった犬たちの物語である。
緻密なドット絵とシンプルな進行が想像力を掻き立てる
『アントールの犬』は、以前もぐらゲームスでも紹介した『狂い月』などを手掛けたゲームサークル「3色ぱん」によるドット絵で描かれた横スクロール短編アドベンチャーだ。WOLF RPGエディターの練習も兼ねて3色ぱんのグラフィックス担当がほぼ一人で制作したタイトルだということで、現在の所は自サイトのみで公開されている。
しかしビジュアル、演出面を取っても非常に丁寧な作りとなっており、決して安直ではない、心を震わせる体験になることは筆者が保証しよう。
ピアノの美しい旋律が流れるタイトル画面から「walk」を選びゲームを開始すると、何者かの独白が浮かび、ほどなく暗闇の中に身体を伏せている一頭のボーダーコリーが見えてくる。鼻の先には黄色い蝶が止まっている。時間が停止しているかのような静寂。飛び立つ蝶。背後から一人の妊婦が近づいてくる。街灯が点滅し、一人と一頭はゆっくりと暗い路地を歩いて行く…
幕間に挿入される短い独白を除けば、このゲームにテキストは一切存在しない。キャラクターたちの遣り取りは、吹き出しに表示されるイラストと身振り手振りだけで表現される。
またゲーム内の操作は基本的に「歩く」「調べる」のみで、選択肢やアクション要素はなく、ゲームオーバーもない。一本道であり移動箇所も制限されているので、誰がプレイしてもおおよそ40分前後で終わるだろう。セーブ機能すらないのだ。
極めてシンプルかつ直線的な進行と聞いて、淡白なゲームプレイを想像するかもしれない。しかし緻密に描き込まれたドット絵と、キャラクターたちの活き活きとしたアニメーション、シーンに応じて効果的に使われるサウンドは想像力を刺激し、いつしかその世界に惹き込まれてしまうだろう。キャラクターたちの息遣いや遣り取りがはっきりと聞こえてくるようだ。
時間の流れと、出会いと、別れと
『アントールの犬』で描かれるのは、ある男と家族の日常だ。そしてその傍らにはいつも犬がいる。彼らももちろん家族の一員だ。その舞台となるのは彼らの家に限定され、ユーモアをたっぷり交えて繰り広げられるイベントはさながら海外ホームコメディの味わいがある。
また物語を進めていくことで劇中の時間も過ぎていくようになっており、冒頭では妊婦だった女性が次のシーンではお腹が小さくなり家の中には乳母車が置いてある、といったように、一つの家庭の時代と共に移ろっていく様子が語られていくのだ。
それら時間の経過による変化が、細部に渡って丁寧に描写されているのは特に注目すべき点だろう。例えば冷蔵庫が大きな物に買い換えられているのを見て家族が増えたことを実感するし、対岸に見える街並みでは古くなった建物が取り壊され新しいビルが建っていく、出会いと別れを繰り返す家族の記憶は写真の形をとって飾られ増えていく。そういった一家を取り巻く環境一つ一つの変化に、語られていないストーリーが宿っているのを感じて欲しい。
また、一つのシーンが終わり、次のシーンへ移行する際は、街灯に照らされた暗い路地を男と犬が一緒に歩いていく演出が取られている。
この暗い路地は単なるシーン間の繋ぎとしてではなく、ある概念を表しているのだ。暗闇に浮かびあがる犬と過ごした楽しげな記憶、一度踏み出してしまえば二度と後には引き返せない歩み、そしていつのまにか途中でいなくなってしまう犬、これらを顧みれば自ずと理解できるだろう。
他でもないプレイヤーの手でその一歩一歩を歩んでいくこと、それこそ、この作品がゲームという媒体を選んで表現された意味なのだと。
このゲームをプレイするにあたって、心構えのようなものは何もない。ただ1時間弱のまとまった時間を確保するだけ。それだけでいい。
あなたが今も歩んでいるその一歩に、この『アントールの犬』を加えて欲しいと願う。
[基本情報]
タイトル:『アントールの犬』
ジャンル:短編アドベンチャー
製作者:3色ぱん(製作者様サイトはこちら)
クリア時間:約40分
対応OS:Windows
価格:無料
ダウンロードはこちらから
https://3colors-bread.com/dog/index.html