シューティングゲームは1962年、マサチューセッツ工科大学の学生スティーブ・ラッセル氏が制作した『スペースウォー!』から始まったと言われる。
その頃のシューティングゲームは「固定画面シューティング」と称され、画面がスクロールせず、一画面内で戦闘が展開され、自機も左右以外動けない特徴があった。後にこの形式のシューティングゲームは『スペースインベーダー』という伝説の名作誕生によって大きな注目を集め、以降、同作に影響を受けた作品が続々と誕生していった。
しかし、縦横スクロール形式誕生以降、固定画面式は徐々にその数を減らしていった。昨今も家庭用、インディーで制作される作品ではスクロール式を採用したものが多く、固定画面式はある意味、希少種になっている。
だが、断じて絶滅した訳ではない。元祖たる『スペースインベーダー』はそのスタイルを貫き通した新作を作っているほか、インディーにも『スーパーデストロノートDX』のような露骨すぎる作品が存在している。
そしてここにもうひとつ、固定画面式を採用したフリーゲームが。
その名も『事象の地平メンダコ』である。
メンダコを操縦し、敵を撃て。理屈はない。
『事象の地平メンダコ』とは、軟体動物門頭足綱八腕類メンダコ科に属するタコの一種「メンダコ」が主人公の固定画面シューティングゲーム。自機のメンダコを操縦し、画面上部から迫り来る敵を単発式のショットで撃退していくという内容だ。
2019年7月26日、Windows PC用フリーゲームとして「ふりーむ!」にて配信された。制作には当もぐらゲームスでもレビューした『VASTYNEX』などと同様、インディーのシューティング作品では定番の開発ツール「Shooting Game Builder」が用いられている。
……と、ゲームの内容紹介前に物申したいことが噴出したと思われる。
なんで自機がメンダコ!?
どうして海洋生物が弾を撃つ!?
どんなストーリーだ!?
何と戦うんだ!?
お答えしよう。理由?そんなものは、ない!
というか、ストーリーなんて存在しない!
このゲームはメンダコを操縦し、敵を倒していくゲームだ。それ以上の意味はない!
なぜ、メンダコを主人公にしたのかは作者のみぞ知るセカイである!
誰がそんな説明で納得すると思っているんだと反論したくなること確実だが、実際、その通りなのだからどうしようもないんじゃいと一言申し、問答無用の斬り捨て御免の姿勢で内容の紹介へと入っていこう。
ゲームデザイン周りは、固定画面シューティングの定番を踏襲したものになっている。左右にしか動けない自機、単発式のショットがそれに当たる。
特に後者は連射もできないので、ちゃんと自機を敵の位置に合わせ、正確に狙い撃つのが大事。下手な鉄砲数撃てば当たるでは返り討ちに遭う、”らしい”仕上がりだ。
ただ、本作はそれ以外にも特徴的なアクションが用意されている。
ひとつにチャージショット。ショットボタンを押さないままにしておくと、自機のメンダコにエネルギーゲージが出現する。これが最大に達した際に撃つと、強力なチャージショットを発射。敵に大きなダメージを与えたり、大量の敵を一網打尽にする攻めの一手を決めることができる。
また、メンダコが放つショットはゲームスタート時に3種類の中からひとつを選び、以降、それをメインにステージ攻略へと挑む形となる。
あとで選ばなかったショットへと変更できる機会はなし。なので、どれを選んだかによって戦い方はもちろん、難易度も相応に変化する仕組み。特にステージ最後に現れるボスを倒すと現れる赤いアイテムを取得することで生じるパワーアップはまさに三者三様。そんな2周目以降のやり込みを楽しくする仕掛けもアクション周りの特徴になっている。
もうひとつがガードだ。方向キー下を押すとメンダコがシールドを展開し、敵の攻撃を防いでくれる。しかも、キーを押している限り、ずっとそのまま。壊れることもなし。緊急の回避手段としてはこの上ない仕組みだ。
だが、うまい話に裏あり。防げると言ってもオレンジ色の敵弾だけ。それ以外のレーザー、青や紫の敵弾などの別種類は例えガードしていようが貫通してしまう。あまりに優れた性能から、ずっとガードしているだけでクリアできるヌルいゲームなのかと思ったかもしれないが、断じてそうであらず。そもそも、本作は一度でもゲームオーバーになればその時点でゲーム終了、最初からやり直しの一期一会仕様だ。ミスしてもパワーアップが失われない美点はあれど、クリアとなれば本腰入れねばならないガチのゲームなのだ。メンダコ、決して強くはないのである。だって、タコですから。(?)
このような2つのアクション、シビアな設定によって、懐かしさと新しさが混在した固定画面シューティングに仕上がっている。
文字通り、手に汗握る駆け引きが全編にわたって繰り広げられる内容だ。
だが、これが本作最大の特徴かと言われれば違う。
一番の特徴は何か。操作性だ。
ゲームパッド要らずの片手操作と膨大なボリューム
スクリーンショットで既にバラしているが、本作は、キーボードの方向キー以外を使わない。
タイトル画面のメニュー操作でキーボード側の一部ボタンを使う程度で、以降は全て方向キーだけで行う、思い切った操作系になっているのだ。
キー配置は左右で移動、上でショット、下でガード。たったそれだけだ。
そして、全てを方向キーで行うため、片手で遊べる。
一応、ゲームパッドでの操作にも対応しているのだが、ボタンを使う場面が無いに等しいので、用意する必然性がない。そもそも、パッドであっても使うのは方向キーなのだ。Xbox 360コントローラなら、全操作を左のコントロールスティックで行う格好だ。その場面を想像してみて欲しい。パッドで遊ぶ意義を感じられるだろうか?
多分、キーボードの方が遊びやすそう、と思うだろう。
実際、遊びやすいし、キーそのものがボタン式でもあるから、ショット発射も全く違和感がない。何より、わざわざPCにUSBケーブルを刺したり、Bluetooth接続の事前準備もなく、PC標準装備の方向キーで遊べるから手間がかからない。手を置いた状態でプレイできる。コントローラを持つ姿勢になる必要がない。何より、手首の筋肉を使わず済む。
まさに手軽で遊べるシューティングを地で行く操作系になっているのだ。PCでシューティングゲームを遊ぶなら、やっぱりゲームパッド(コントローラ)がいいとの思いを抱くかもしれないが、本作に限っては非推奨。キーボードで遊ぶのが圧倒的に楽しく、遊びやすい。それでも自分はゲームパッドで遊びたい、遊ぶんだとのこだわりが出るかもしれないが、そこは騙されたと思って一度、Xbox 360コントローラでも別のものでもいいからやってみればよい。キーボードで十分だ、となるだろう。それぐらい最適化されていて、文字通りの片手間に遊べる手触りを実現しているのである。
また、この手軽さとは裏腹のボリュームの大きさも屈指の見所だ。本編の1周クリアに要する時間は20~30分程度で、操作と同様に片手間にサクッと遊べる短めの物量になっている。シューティングゲームとしては平均的とも言える。
だが、完全クリアを目指すと総プレイ時間は推定5倍以上に膨れ上がる。実は分岐システムが実装されており、ステージクリアの度に出現する2つの選択肢を選ぶことで、全く異なる展開が楽しめるのだ。しかも、分岐で用意されたステージの合計数は30!ボスに至っては35体!度胆を抜く物量になっている。
さらに3種類の難易度を用意。1周短めの「プラクティス」、分岐の存在する「イージー」と「ノーマル」それぞれで違った難しさと本編の展開が楽しめる。
特に難易度的にも昔ながらのアーケードゲームらしさを追求した「ノーマル」は歯応え抜群で、シューティングゲーム好きの心を震わせる内容に完成されている。ステージごとのロケーションも最初は深海から始まり、次第に地上に……と思ったら、奇妙な遺跡や基地に辿り着いてしまうなど、意表を突くもの目白押し。構成面も基本、どこも襲い来る敵を迎撃しながらボスを目指す伝統的なものだが、種類・攻撃パターン共に豊富な敵キャラクター達のおかげで単調さは全く感じさせない。ボスもその数に相応しい個性的な面子が揃っているので、戦うのみならず、見ているだけでも楽しい気持ちにさせてくれる。
何と言っても、固定画面式でこれほど多彩な展開を表現しているのが圧巻だ。自機の移動範囲が左右だけなど、戦術面がシンプルで進化させるにも限界があるこのスタイルだが、分岐と敵、ボスのバリエーションによって見せ方を強化し、さらにチャージとガードのアクションによって戦術性も強化する工夫を凝らし、プレイヤーが高いやり応えを感じられる内容に仕上げているのには、このスタイルのシューティングゲームもまだやれる、との作者の熱い思いが込められている。
アイディア周りの真新しさは弱いものの、シンプルさと派手さ、遊び応えを両立させた仕上がりは見事。気軽に遊べて深く遊べるとは、ありきたりな表現であるものの、本作に関してはそれがこれ以上なく似合うシューティングゲームになっている。まさにカジュアルとコア双方を手厚くフォロー。初心者から熟練者も遊べる、侮りがたい内容なのだ。
事象の境界線をメンダコと共に越えろ!
また、グラフィックの完成度の高さも特筆に値する。中でもボス達は見た目の威圧感もさることながら、多関節がウネウネ動くなど、アニメーション周りでも凝った作り込みが炸裂している。メンダコが主人公にちなんで、ボス達が海洋生物モチーフの面々ばかりな所も、同じネタを採用した某名作シューティングゲームを思い起こす懐かしさがある。
先の通りストーリーは存在しないものの、ステージの背景と共に描かれる展開もシュールで、先が読めない面白さがある。
特に最終ステージでの壮大な展開には思わず苦笑いが止まらなくなること確実。分岐で生じる異様な展開の数々にも独特なシュールさがあり、「事象の地平」を冠したなりの高い説得力が醸し出されているのも面白いところだ。他に音楽も見た目とは裏腹にメタル調の楽曲が中心になっていて、そこもシュールさを際立たせる。
昨今は大幅にその数を減らしている固定画面式のシューティングゲーム。本作はそのスタイルの良い所と今風の派手さ、ボリューム面を突き詰め、パソコン向けのゲームらしい手軽な操作系を持ち味とする、魅力溢れる良作に完成されている。ゲームオーバ時のリトライ不可など、難易度面で「もう少し妥協しても……」と物申したくなる箇所もあるが。ただ、たまには昔懐かしいシューティングもやりたい思いがあれば、ぜひプレイいただきたいおすすめの1本だ。謎多きメンダコを操縦し、事象の境界線を越えよう。
その先に何を見ることになるのか。それはメンダコのみぞ知る……セカイ?
[基本情報]
タイトル:『事象の地平メンダコ』
制作者: VAGUES GAMES
クリア時間: 20~30分(※全攻略時:5~7時間)
対応OS: Windows
価格: 無料
※ダウンロードはこちらから
https://www.freem.ne.jp/win/game/20679