人間の声をコンピュータに認識させ、文字列に変換させたり、その特徴に応じて固有の反応を返し、識別する”音声認識”の技術。昨今はパソコン、スマートフォンへの関連機能搭載などもあって急速に世の中へと普及した。ひと昔前はごく一部の言語などにしか反応しなかったのも、AI技術の発展もあり、本格的な対話が実現できるレベルにまで至りつつある。
そんな音声認識はゲームに採用された例も複数ある。中でも『ピカチュウげんきでちゅう』、『シーマン』の2作品は現代ほど技術が発展していなかった時期を象徴する作品として、未だ輝きを放っている。以降も同様の技術を採用したゲームがいくつか誕生し、中には指示を飛ばし、困難を乗り越えるスリリングな内容のものも誕生している。
そんな指示を飛ばすタイプの音声認識採用ゲームがなんと!フリーゲーム界隈に現れた。
その名も『声で導け!脱出のアリア』。
”あなた”の声で少女を脱出させろ!
2019年12月26日……クリスマスが終わり、年の瀬の足音が聞こえ始めた頃。
本作はWindows PC用フリーゲームとして、同ゲーム配信サイトの「ふりーむ!」、「RPGアツマール」で公開された。
ジャンルは名が表す通りである。脱出ゲームだ。
とある城の一室で「アリア」と呼ばれる少女が目を覚ました。彼女は自宅で眠りについたはずだったのだが、何者かによって誘拐され、現在の城……高い塔と思しき場所へと連れて来られてしまった。突然の状況に困惑するアリア。
それを俯瞰(ふかん)視点で見ている”あなた”は彼女に声をかけてみた。するとアリアが反応!
どういう訳か、”あなた”はアリアと声を通した会話ができたのである。さらにアリアから頼まれた通り、城の全体図を見渡そうとすると、それも自在にできることが分かる。
アリアもそんな”あなた”を見込んで協力を依頼。かくして、アリアと”あなた”の2人による、城からの脱出劇が幕を開けたのである。彼女の命運を握るのは、”あなた”の声!無事、彼女を脱出させられるのだろうか……というのが主なストーリー兼オープニングとなる。タイトル通り、直球すぎる内容だ。
そして、大体ご想像通り、本作をプレイするに当たってはマイクを用意することになる。それが無くてはアリアに話しかけるのはもちろん、指示を伝えることもできない。ゆえに安物でも構わないので、何らかのマイクを用意しておこう。
続いてゲームの流れを簡単に解説しよう。基本的に「探索モード」と「お喋りモード」の2つを交互にこなしながら、アリアが脱出するまでの様子を見守る構成となっている。
「探索モード」は現在、アリアが居る階層を見渡すモード。カーソルを動かし、階層の全体像のほか、罠を始めとするアリアに害を及ぼす仕掛けのチェック、脱出までの最短ルートなどを確かめることができる。
一通り確認が終わり、アリアに話しかければ脱出開始となる。この間、アリアが”あなた”に問いかけてくると「お喋りモード」が発動する。名の通り、アリアに話しかけるモードだ。マイクで質問に対する回答を伝え、ボタンを押すと声が変換されてアリアに伝わる。そして、アリアはその伝えた内容に沿って行動を取る……という仕組みだ。
いかにも指示を飛ばすタイプの音声認識ゲームらしい作りである。なお、「お喋りモード」は脱出時に限らず、ストーリーに沿ったイベント時にも発生。その質問に応じた回答を伝えれば、アリアがそれに応じた反応を示してくれる。
ちなみにゲーム開始時に決定する、”あなた”の名前も「お喋りモード」を通して決定する形だ。基本、本作に選択肢(並びに選択表示)はごく一部を除いて存在しない。全部を声で決定するのだ。音声認識を採用したゲームゆえに。
そんな音声認識ゲームらしいこだわりを本作は売りとしている。
……が、しかし。
常軌を逸した認識精度の悪さ
率直に申して、本作の音声認識システムは壊滅的だ。
というのも、認識精度があり得ないほど酷い。度々認識ミスが起き、さらに誤解釈される。黎明期の音声認識ゲームの方が遥かにマシと言わんばかりに、アリアに意図しない言葉が伝わることが続出するのだ。
特にゲーム開始時、”あなた”の名前を伝えるシステムはその象徴。これが信じられないほど正確に認識されない。それどころか、斜め上の名前がアリアに伝わってしまうのだ。
一応、間違っていれば再トライ可能。だが、何度やり直してもまた酷い名前になってしまう。「そんな名前じゃないよ!」と、多少の怒りを込めて伝えても結果は同じ。ついには……
再トライの機会消失で、ゲームが強制進行。
最終的に酷い名前のままプレイする羽目になってしまうのだ。
筆者は10~20回ほどトライし、正確な名前にした上でプレイしようとしたのだが、結果は変わらなかった。おかげで、レビューでも最悪な名前でプレイした時のものをスクリーンショットとして用いることになった。なんたるいい加減さだ!限度がある!というか、再トライの機会を潰す作りはあまりにも酷い。理想とする名前でプレイできるようにするため、何度でもトライできるようにするべきだろう?それを潰すなど、嫌がらせの極致だ。
また、以降のゲーム本編でも数多くの認識ミスが多発。「探索モード」を通し、組み立てたプランが崩れ続ける。トラップがあるのに前進し、引っかかってしまうのは序の口。魔物が待ち伏せしている所に突撃して多勢に無勢な戦闘を強いられる、安全なルートを指示したのにトラップ部屋に入って地獄絵図になるなど、筆者がプレイした時点でも数多くのプラン崩壊を経験した。半ば、ムンクの「叫び」状態になったほどである。
その結果、アリアとの関係がどんなことになったのかはお察しいただきたい。しかもその後の会話イベントでも、なぜかアリアにあり得ない言葉が伝わってしまう事態が。やり直そうとも誤認識は避けられず、結果的に彼女に”恥ずかしい思い”をさせる大変申し訳ないイベントが生じるに至った。
そこから先も認識ミスは続き、多くの理不尽な思いをした。
一体、私は何度「GAME OVER」の画面を見たのだろうか……。
そんな具合に本作、認識システム周りが大変酷く、常に思い通りにならぬことが起きてはゲームが強行されるようになってしまっているのだ。仮にも音声認識を題材にしたゲームで、この杜撰さはいかがなものかと言わんばかりだ。
いくらフリーゲーム、個人制作だからと言って、ここまでプレイヤーにストレスを与え、あまつは女性キャラクターの不興を買うような体験をさせるなど、このゲームを作り上げた作者はどれほど鬼畜なのか。
ただ、結果的に筆者はこのような辛苦を味わいながらも最終的にゲームクリアに至っている。確かにゲームオーバーの画面を何十回も見た。だが、クリアできた。エンディングもバッドなものではない、普通のものを迎えられたのだ。
一体、どういうことなのか。これについては、実際にプレイして体験いただければと思う。音声認識のゲームなのに、そのシステムが破綻している時点で、プレイできたものじゃないだろうと思うかもしれない。だが、クリアできる。
それがある意味、本作の”真の魅力”となっているのだ。
評価に値しないレベルの酷さなのに、なぜクリアできる?
からくりが気になるのなら、今すぐプレイいただきたい。さすれば、どうして当もぐらゲームスでこれまで掲載・記述した例が皆無に近い(と筆者は思っている)、批判寄りのレビューを展開したのかが分かる。
全ての真相は始めと最後にあり?
また、ストーリーの謎めいた展開の数々も必見だ。そもそも、アリアはどうしてこのような城へ連れてこられたのか。当人を誘拐したと思しき人物にして、意味深なメッセージを伝える「ミスターX」は何が目的なのか。
そしてなぜ、アリアはこちらから出す指示を間違って解釈しがちなのか。
一連の謎は終盤、明かされる。率直に申して、あらゆる前提の数々が轟音を立てて崩れ落ちるだろう。また、そこに至るまで、プレイヤーが長らく信じ切ってきた”人物”の正体が全く違うものだったことへも、思わず後方へズッコケるほどの衝撃を受けるだろう。誰を指しているのかは、エンディングを”凝視”いただきたい。
ただ、”真の難点”も幾つかある。特に本編にて、最もゲームオーバーに見舞われやすいイベントのタイミング判定は、もう少し余裕を持たせていただきたかった。一応、ノーミスクリアできる程度に調整されているほか、反則に近い必勝法も用意されているので、理不尽さはない。ただ、あと少し加減いただきたかった。若干、ゲーム慣れした人向けのバランスになっていたのが惜しい。
そして、先に触れた人物の正体。これは”偽名”が望ましかったのでは?”万が一”のケースも想定し、それっぽい名前にするのも一考の余地があったと思う。おかげで結構な衝撃性は出せているが、野暮ながら気になってしまった。他に終盤が駆け足気味で、もう少し大きなイベントがあった方が締め括りとしては良かったように感じてしまった。
そんな粗に加えて、致命レベルの難点を持ちながら、全体的には謎のまとまりを見せた内容に仕上がっている。ボリュームも短編なので、サクッと遊べもする本作。世にも珍しい、破綻しているのにちゃんと遊べる音声認識ゲームにして怪作である。素直にキャラクターが受け応えしてくれない、イレギュラーさに多少でも興味が湧いたなら、ぜひ、マイクを用意してプレイいただきたい。
最後にこれから本作をプレイする人に向け、重要な情報をお伝えしておこう。
マイクをPCに繋ぐ必要はありません。
[基本情報]
タイトル:『声で導け!脱出のアリア』
作者:冬馬
クリア時間:40分~1時間
対応OS:Windows
価格:無料
備考:マイク必須(※PCへの接続は必要なし)
ダウンロードはこちら
※ふりーむ!
https://www.freem.ne.jp/win/game/21692