地獄篇(インフェルノ)、煉獄篇(プルガトリオ)、天国篇(パラディーゾ)の全3部から構成される「神曲(La Divina Commedia)」は、イタリアの詩人ダンテ・アリギエーリの代表作にして、長編叙事詩として名高い。
同作は後世の芸術に文学、さらには映画やアニメ、ゲームなどにも絶大な影響を及ぼしており、それをモチーフにした作品が数多く誕生している。
そしてここにも『神曲』をモチーフとしたWindows PC向けフリーゲームがひとつ。ゲーム製作サークル「鱶尾工業(ふかおこうぎょう)」制作の探索×情報収集型サスペンスアドベンチャー『細胞神曲 -Cell of Empireo-』だ。
2018年5月22日、完成バージョンがフリーゲーム配信サイト「ふりーむ!」にて公開。制作には『RPGツクール2003』が用いられているため、プレイに当たってはRTPのダウンロードが別途必須となる。
また2019年5月3日には、本編の補完を兼ねたダウンロードコンテンツ『細胞神曲 -Cell of Empireo- DLC 磯井実光の記録<レコード>』が、
2020年7月24日には、続編『細胞神曲2-Cell of Mirage-』の繋ぎとなる短編『細胞神曲-RTC「幕間-Interlude-」』が公開されている。なお、DLCもRPGツクール2003製のため、RTPのダウンロードが必須。
(執筆時点で)最新の『細胞神曲-RTC「幕間-Interlude-」』は『RPGツクールMV』製のため、RTPは必要ない。また、Windows以外にMacもサポートしているが、OS Xを対象としたパッキングとなっているため、OS X以外のMac OSでは必須手順がある。詳細は鱶尾工業の公式サイト、並びにTwitterを参照いただきたい。
後輩の失踪から始まる、”細胞”にまつわる長編叙事詩
「音羽探偵事務所」に勤務する探偵・阿藤春樹(あとう はるき)。
彼は記憶喪失で発見された後輩の信濃栄治(しなの えいじ)の世話を任されていた。だがある日、信濃は失踪してしまう。
阿藤は彼の足取りを辿った末、最後にその姿が確認されたのが調査予定にあった宗教団体「至高天研究所」の研究施設付近であることを突き止める。早速、現地へ向かい、足を踏み入れる阿藤だったが、背後から何者かに襲われ、意識を失ってしまう。
目覚めると、そこは「至高天研究所」の施設内部にある独房。やがて、同じく施設に捕らわれた男性、磯井麗慈(いそい れいじ)によって助けられた阿藤は、彼を含む4名の人物との合流を果たすのだが、その最中、施設内ではおぞましい事態が進行していた。
無残な姿にされ、命を散らした研究員たち。
謎の黒い液体。
異形のバケモノ。
そして、阿藤の身に起きる異変の数々。
一体、施設内では何が起きているのか?
そして、信濃はどこに?阿藤とこの施設との繋がりとは?
少し長くなったが、このようなオープニングと本シリーズは幕を開ける。
ゲーム内容の概略・特徴は以下、作品別に紹介。
細胞神曲 -Cell of Empireo-
公称ジャンル名が示す通り、探索に重点を置いたアドベンチャーゲーム。プレイヤーは主人公の阿藤を操作してマップ上にある物を調べたり、時に行く手を阻む仕掛けを解除しながら、失踪した後輩・信濃の行方、そして施設からの脱出に繋がるカギを探っていく。
「Chapter」と題されたエピソードを順にプレイしながら進める形式で、基本的に一方通行な構成。ただ、プレイヤーの取った行動次第で結末が変わるマルチエンディング制が採用されているため、全容解明は一筋縄ではいかない作りになっている。
また、本編はただマップを探索し、仕掛けを解く展開に終始しない。ストーリー紹介の通り、舞台となる施設内には異形のバケモノが徘徊。阿藤に危害を加えてくる。当然、それを受ければダメージになって体力が減少。種類によっては触れただけで即刻、強制バッドエンドという名のゲームオーバーにもなる。(体力が0になった場合もまた然り)
体力以外にも「精神力」、「侵食率」なるステータスがあり、ゲームオーバーに関係。極め付け、回復手段も限定されているので、下手にダメージを許容すれば探索が茨の道になりかねない。そんなサバイバルホラーチックな要素もあるため、慎重な行動が試される緊張感抜群の内容になっている。
さらにストーリーが進むと「超能力」が解禁され、これを用いた謎解きが行く手に立ちはだかる。能力を使うと先の「精神力」、「侵食率」にも影響が。どんな影響があるかは先述の”ゲームオーバーに関係”からお察しいただきたい。
これに限らず、他にも敵の目を掻い潜るステルスゲーム的な展開、果ては特殊なボタン操作が要求されるクイックタイムイベント(QTE)も登場。詳細は伏せるが、この手のジャンルでは異例も異例な戦闘イベントも用意されている。
探索アドベンチャーな点で、マップを歩き、ストーリーを読み進める内容が想像されるが、本作はそれに終始しないほど、ゲームとしての”手応え”を強調する要素が満載。一口に探索アドベンチャーと言い切れない、複雑な内容になっている。
細胞神曲 -Cell of Empireo- DLC 磯井実光の記録<レコード>
本編『細胞神曲 -Cell of Empireo-』とは対照的に、こちらはストーリー主導型のアドベンチャーゲーム。マップを進む要素、「超能力」は(ある意味)健在だが、マルチエンディング、体力などのゲーム的な手応えを演出するシステムはほぼ撤廃。純粋にアドベンチャーゲームとして楽しめる内容になっている。
舞台となるのは『細胞神曲 -Cell of Empireo-』から3年後の世界。そちらにも登場する磯井実光(いそい さねみつ)という人物がまとめた記録を通し、「至高天研究所」関係者たちの過去をひも解いていく。
そのため、『細胞神曲 -Cell of Empireo-』のネタバレが9割……いや、実質10割を占める内容である。言うまでもなく、前作未クリアでのプレイは推奨されない。
そもそも、前作未クリアで本作をプレイするのは絶対に不可能。本作単体でゲームを起動するとエラーメッセージが表示され、そのままタイトル画面へ門前払いされてしまうのである。
プレイするには『細胞神曲 -Cell of Empireo-』のトゥルーエンドに相当する「到達点:S」を達成し、その時に生成されたセーブデータを本作のフォルダへと移動させることが必須。まさにクリアした者だけしか見れない、特別仕様なのだ。同時にこのような特殊なロックをかけている点で、意欲的な試みも炸裂したゲームになっている。
細胞神曲-RTC「幕間-Interlude-」
こちらも『磯井実光の記録<レコード>』同様、ストーリー主導型のアドベンチャーゲーム。舞台も『細胞神曲 -Cell of Empireo-』から3年後と同じだ。
ただ、本作は前作クリアの必要もなく、単体で遊べる。
反面、語られるストーリーはDLCクリア後、セーブデータを本編『細胞神曲』に読み込む(※セーブデータをそちらのフォルダへ移す)ことで見られる「隠者の間」を閲覧していること前提。未確認でプレイすると、何がなんだかなことになるので、なるべく本編とDLC、件の隠し要素全てを終えた後にプレイすること推奨だ。
本作特有の点としては、制作ツールを変更したのもあり、グラフィック全般が大きく強化されていること。また、特定の部屋の全体像がクローズアップされた後、カーソルで気になる箇所を細かく調べるというコマンド選択型アドベンチャーゲームチックな調査パートが加わっている。そして、続編への繋ぎの短編ゆえ、ボリュームも短め。エンディングまで大体1~2時間ほどだ。
ゲームあってのストーリー
以上、3作の基本的な作りと特徴を紹介した。
本編に当たるのは『細胞神曲 -Cell of Empireo-』。
残る2作は内容からして明らかだが、外伝に当たる。
ただ、ベストエンディングを達成しないとプレイできない制約、コマンド選択型アドベンチャー風の調査パートなど、意欲的な試みが凝らされた作品に完成されている。だが、最もそんな試みが炸裂……否。爆発しているのは『細胞神曲 -Cell of Empireo-』。
特に探索型アドベンチャーと一言で言い表せない内容はプレイする者全てに強烈な印象を残す。バケモノに襲われ、逃げ延びるサバイバルホラーなイベントが連続したと思ったら、ストーリーイベント中心のアドベンチャーゲームっぽい展開になり、それで落ち着いた……のを見据えて、ステルスゲーム的な展開を発生。合わせて制限時間内に目的地へ向かうことが試されるアクションゲームさながらのイベントも発生し、無事達成したと思ったらまさかの戦闘になるなど、波乱に次ぐ波乱の連続。息つく暇もない、濃密な構成になっている。
そのイベント全てが、登場人物たちの置かれた状況にマッチしているのも圧巻。そんな事態が起きて当然と言わしめる、違和感皆無なものに作り上げられているのである。
さらに難易度の設定にも妥協が無い。どのイベントも軽い気持ちで挑めば、返り討ち確定(強制バッドエンド直行)のバランスになっている。ゆえにゲーム的な手応えも抜群。そして、その手応えと乗り越える苦労を味わってこそ、その場面が完成するというゲーム要素前提のストーリー、イベントに仕上げている。台詞などのテキスト単体では到底表現できなければ、印象にも残ることのない”ゲームあってのストーリー”を貫き通しているのである。
多少ネタバレになるが、数あるイベントの中で傑出しているのはラスボス戦である。ジャンル的になんの冗談かと言いたくなるが、本作には紛うことなきラスボスが居るのである。もちろん、ちゃんと戦って勝たねばエンディングなんて見られない。もう、その時点で傑出している意味は察せると思われる。
しかも、その内容と演出、構図も大変衝撃的。初見時なら「なんだこれ!?」と、圧倒させられる仕上がりになっている。そして、全く”浮いていない”。こんなことが起きて当然だと納得させる、ストーリーそのものになっているのだ。
そこまで辿り着くのが苦難の連続だったりもするのだが、その難しさも至極当然なもので、まさに本作の真骨頂とも言えるイベントになっている。同時に本作全体に盛り込まれた、各種ゲーム要素の集大成とも言える凄味が詰まっている。本当に強烈の一言では済まされない、それこそ細胞レベルで刻み込まれるほどの衝撃があるのだ。
これらの事柄に「なんだそれ!?」との感情を抱いたのなら、直ちにダウンロードし、始めていただきたい。誇張気味に紹介した理由(わけ)を思い知らされる……どころか、手ごわさとセットで(文字通りに)痛感させられるはずだ。
これら一連のイベントが詰め込まれたマップの完成度も非常に高い。屋内中心だが、仕掛けのバリエーションが多彩な上、ストーリーの進行に応じて環境が変わりもするので退屈しない。バケモノが出現した際には画面全体に赤みがかかり、音楽も不穏なものに一変するなど、恐怖感を煽り立てる演出が凝らされているのも秀逸だ。嫌でも緊張が走る。
そして、ストーリーも謎に次ぐ謎の連続で一瞬たりとも目が離せない。行方知れずの信濃はどこに?何故施設内にバケモノが?阿藤の異変はこの施設と何の関連が?
いずれも段階的に真相が明かされていき、最終的に驚くべき結末へとプレイヤーを誘う。行動次第でその後の展開が変わる分岐パターンも非常に複雑で、その驚くべき作り込みに度肝を抜かれること間違いなし。一連の出来事を経て到達できる「到達点:S」のエンディングもその名に相応しい素晴らしさで、圧倒的な達成感と余韻をもたらす。
登場人物も主人公の阿藤を始め、個性の強い面子が揃っている上、それぞれが秘めた過去が人間味の強さを引き立てる。敵側もまた然りで、本編でも相応に個々の過去などが描かれるが、DLCの『磯井実光の記録<レコード>』と合わせれば、単なる悪とは言い切れない魅力と深みが加わる。その後、再び本編をプレイすることで、台詞に隠された真意も分かったりするので、機会があれば完全クリアを果たした後も再プレイしてみることをおすすめする。より一層、彼らに”情”が湧いてしまうはずだ。
長々と記したが、とにかく密度が凄い。そして、各種ゲーム的な要素がストーリーにとって欠かせないものとして存在する作りになっているのだ。
相応に大変な所も多いが、そう言った苦労もストーリーの一部になっている。
パッと見る限りでは、凝った感じの探索型アドベンチャーだが、その印象を凌駕するストーリーと体験が詰まっている。繰り返しになるが、少しでも興味を抱いたのなら、ぜひダウンロードしてストーリーを完成させることに挑んでみていただきたい。その道はあまりにも険しいが、間違いなく実りある結果を残すはずだ。
この物語は確実にあなたの”細胞の一部”となる。
……とは言え、人を選ぶ箇所やゲームとして気になる点ある。
人を選ぶ箇所に関しては暴力・出血表現。一言で申して凄惨の極み。
基本、マップ上のドット絵で描かれたキャラクターで表現されるのだが、ドット絵だからいいでしょ、と言わんばかりに欠損祭り。頭部が”ボトッ”と落ちたりするのは序の口、半身が吹き飛ぶ、真っ二つに割かれるなど、慈悲も涙もない容赦のなさとなっている。効果音も生々しく、人によってはその状況を頭の中に浮かべる想像力の暴走が起きることも。
ドット絵だし、と甘く見てはならない。17歳以上推奨を謳っているのは伊達じゃないのだ。
なので、本当にこの手の表現が苦手な人は気を付けていただきたい。ホラー的な演出が加わったパターンもあるので尚更だ。
気になる点は、画面全体が赤くなる演出の多用。色が色だけに、目の負担になりやすい。一部、赤く点滅し続ける類の演出もある。このおかげで施設内の不気味さが際立っているほか、イベント的にも盛り上がるのだが、もう少しコントラストを下げて負担を軽減してくれれば……と、筆者は感じてしまった。このため、本作は極力、フルスクリーンではプレイしないことをおすすめしておく。(※元々、ウィンドウモード推奨になっているのだが)
他に詳細は伏せるが、敵を狙い撃つイベントだけ成功判定が妙にシビアでゲームオーバーに陥りやすかったり、瓦礫などの障害物が多く、引っかかりやすい通路の多さも気になる所だ。
DLCと幕間の2作に関しては、ストーリー主導型な関係で、ゲーム部分の調整で違和感を抱かせる箇所は少なめとなっている。ただ、DLCに関しては本編以上に壮絶な暴力・出血表現がある。ここで若干、人を選ぶかもしれない。
RPG制作用のツールで作られているがゆえ、操作感に癖もあるが、全体的に限界を突き詰めようとした作り込みは圧倒させられるものがある。ボリュームも1周だけでも10~15時間、全てのエンディングを見ようとなれば30~40時間は余裕で超過する。DLCもストーリー主導ながら、10時間は余裕で超える盛り沢山の内容だ。また、そう言ったやり込みを踏まえたイベントスキップ機能、チャプターセレクト機能の存在も嬉しい。後者はシステム的に面白いものになっている点でも必見だ。
マップの探索と謎解き、ストーリー性に主眼を置いたアドベンチャーゲームながら、一言に表現しきれない複雑さと遊び応えを誇る本作。ストーリーが面白く、尚且つゲームとしても強烈な遊び応えを得られるものをお求めなら、ぜひ迷わず突撃してプレイしていただきたい傑作だ。DLCと続編に繋がる短編もセットで、細胞レベルで刻み込まれる衝撃的な体験の数々を味わってみていただきたい。
そして、今後のリリースが予定されている続編『細胞神曲2-Cell of Mirage-』の動向にも注目だ。1作目の時点でこの物量、そして遊び応えな訳だが、続編はどこまでパワーアップするというのか。考えるだけでも身震いする。そしてまた、ゲームを通してのストーリーを堪能、体験できる内容になっていることを心から期待する次第だ。
[基本情報]
タイトル:『細胞神曲 -Cell of Empireo-』
作者:鱶尾工業
クリア時間:30~40時間(1周:10~15時間)
対応OS:PC(Windows)
価格:無料
備考:17歳以上推奨(※暴力、出血、身体欠損描写あり)
※ダウンロードはこちら
https://www.freem.ne.jp/win/game/17735
タイトル:『細胞神曲 -Cell of Empireo- 磯井実光の記録<レコード>』
作者:鱶尾工業
クリア時間:7~10時間
対応OS:PC(Windows)
価格:無料
備考:17歳以上推奨(※暴力、出血、身体欠損描写あり)、『細胞神曲 -Cell of Empireo-』の「到達点:S」のセーブデータ引き継ぎ必須(※セーブデータがないとプレイ不可)
※ダウンロードはこちら
https://lamondocommedia8.wixsite.com/cos-coe/dlc-1
タイトル:『細胞神曲-RTC「幕間-Interlude-」』
作者:鱶尾工業
クリア時間:1~2時間
対応OS:PC(Windows)
価格:無料
備考:暴力、犯罪描写あり
※ダウンロードはこちら
https://www.freem.ne.jp/win/game/23423