いきなり結論を出してしまったも同然だが、これより紹介する『too late but』は、そのような人達すべてに強く訴えかけるメッセージが込められた短編ノベルゲームである。
2020年5月31日より「ノベルゲームコレクション」、「ふりーむ!」においてWindows PC用フリーゲームとして配信されており、ブラウザとダウンロードの2種類が用意されている。
自分だけの無限の世界が好きだった。そんな、ひとりの男性の物語。
目をつむると広がる、無限の世界が好きだった。
季節や国境はおろか、この星さえも飛び出して広がる世界。そんな空想の世界に身を委ね、『もしも』の話を考える。
目をつむると広がる、
『自分だけの』世界が好きだった。
本作の物語は主人公の幼少期の回想より幕を開ける。
彼は目をつむった先にある空想の世界で、物語を考えることを楽しんでいた。例え小遣いが少なくても、友達がいなくても、家庭が居心地悪かったとしても、その世界だけはいつも豊かで、無限の広がりを見せてくれた。
それから時が流れ、働きだした頃。彼は初めて一編のお話を完成させた。内容にしてものの十分程度で読み終わる、悪い人が一人も出て来ない、市井の人々の小さな幸せを描いた短編。当初は誰にも見せるつもりもなかったが、自らの力量がどれほどなのか知りたくなった彼は、パソコン通信のサービスを介し、草の根BBS(草の根ネット)への投稿を試みた。
投稿から数日後、彼の元に一通の電子メールが届く。それは通りすがりの読者からの作品を読んだ感想が綴られたメールだった。僅か数行の一瞬で読み終えられるメッセージだが、初めて届けられた感想に彼はいたく感激し、その勢いに乗じて幾つかの作品の投稿を試みた。だが、反応があったのはその一通のメッセージのみ。
やがて時代はインターネットへと移り、パソコン通信は衰退。
彼が日参していたホスト局も閉局し、作品の投稿はできなくなってしまった。
そして現代。いい歳になった彼は今もなお、仕事の後の余暇で小説を書き続けていた。
誰かに読んでもらうためでもなく、ただ自分が楽しむためだけに。
どこかの公募に投稿しようか、それとは別の形で発表しようかとも考えたのだが、パソコン通信時代、投稿しても一通しか感想が返ってこなかった出来事から、ひたすら自分のために作り続けていた。
そんなある日の仕事終わりのこと。
彼に思いもしない出来事が起きる。
以上が主に序盤の展開の抜粋となる。
このように幼き頃から歳を取った今に至るまで、個人的な余暇で小説を書き続けている男性の姿を追っていくストーリーになっている。ここまでのスクリーンショットの通り、作中の本文は縦書きで表示。主人公が小説を書き続けている設定にちなんだ、いかにもなスタイルになっている。また、画面左上には節と見出し、総数も表示。現在の進捗がひと目で分かる、小説っぽさ溢れるレイアウトにまとめられている。
ゲームシステム的な特徴は皆無。基本、全30節のエピソードを読み通すことに終始する内容だ。そして、見所も明瞭。この一連のストーリーである。具体的にはそこに込められた、創作する人とそれらに触れる人、伝えて紡ぐ人へのメッセージである。
なぜ人は創作するのか。触れるのか。そして、伝えるのか。
特に前述の思いもしない出来事が起きて以降の展開が心揺さぶるものになっている。
筆者の場合、その中で言うところの”伝えて紡ぐ人”に当たる……のかもしれないが、その視点から見て、そこから先の展開と随所に込められたメッセージには、まるで心をショベルカーでゴッソリ抉られたに等しい思いになった。同時に日々、数多くの作品が生まれ続ける世の中のままならなさ、それらに対する向き合い方についても改めて考えさせられた次第である。本作のタイトル名に対する印象もプレイ当初から激変した。読み終えた今となっては、あまりに重々しいものとして脳裏に刻み込まれている。
どんな展開が待つかはその目で確かめていただきたいが、”作品に触れる人”と”伝えて紡ぐ人”を対象とするならば、取り分け最後の30節に記されるメッセージには最もハッとさせられるだろう。メッセージを記す張本人の活躍にもまた注目だ。
そのキャラクターは例の出来事が起きて以降、主人公との対面を果たすのだが、これがまさに本作のタイトル名を象徴する場面になっている。さらにこのキャラクターには思いもしない秘密が隠されている。その秘密が明かされる場面も驚きに溢れており、ストーリー構成の巧みさを思い知らされる。ぜひ、その秘密も含めて件のキャラクターの活躍に注目して欲しい。特に”伝えて紡ぐ人”ならば、その行動と発言の数々には胸を打たれると同時に、自らのことについて考えたくなるはずだ。
”創作する人”の場合、最も強烈な印象を残すのはやはり主人公だろう。過去、完成させた作品を投稿するも感想がひとつしか返ってこなかったこと、その時の経験が尾を引いて余暇のため作品を作り続ける姿には、自らを投影して一連の思いを共有したくなる思いが湧き上がるかもしれない。
例の出来事が起きてからの振る舞い、過ぎ行く時間の描写も心を抉り、もどかしさを募らせる。それと同時に描かれる、先のキャラクターの活躍と終盤のメッセージ。どのように受け取るかは人それぞれ違うかもしれないが、きっと何らかの救いになるかもしれない。前向きになり、創作に打ち込む気力が湧いてくるかもしれない。希望を見るかもしれない。
筆者は”創作する人”には属さないため、本当にそんな感想に至るかは想像の域を出ないし、保証もできない。ただ、作品を生み出すことがいかに尊いことなのか、それについては間違いなく再認識させられるだろう……と、信じたい。
主人公のように小説の執筆を続けている人に限らない。
創作の範疇に入る全ての人。
それらに様々な形で触れる人。
触れると同時にその魅力を伝える人。
見出しの繰り返しになるが、本作を余すことなく読んでいただきたい。
そして、込められたメッセージを受け取ってみていただきたい。
作品が生まれること、それが広まることへの考えを巡らせてみていただきたい。
ストーリーの見所に関し、最も書きたいこと、訴えたいことはそれだけだ。
遅きと言えども……
魅力はあらかた書き尽くしたので、最後に細かい見所、気になった箇所を。
前者に関しては序盤、パソコン通信の時代が必見。当時の接続の仕組みが細々と語られるに留まらず、あの独特なダイヤルアップ接続の音がそのまま鳴り響く演出が凝らされているのである。リアルタイムで体験した世代なら、音を聴くだけでもゾワゾワすること間違いなし。
さらに現代に時間が移って以降、主人公と若手の社員が雑談するシーンがあるのだが、ここでもその手の世代を苦笑いさせると同時に、老いたことを自覚させるショッキングな会話が繰り広げられる。どんな会話なのかは直接ご覧あれ。人によっては「認めたくないものだな……」とボヤきたくなるかもしれない。
パソコン通信直撃世代ではないが、筆者もついボヤきたくなりました。
他に演出絡みでは、登場人物の大半がシルエットで表現されているのも地味な見所。このシルエット、実はエンディング後に解禁される”とあるモード”で正体が明かされるようになっているのだが、なかなか愉快なことになっていたりする。モード内でも興味深いことが多々、語られているのでぜひ、目を通していただきたいところだ。
最後に後者、気になった箇所としては主人公の設定はまだ掘り下げられる余地があったように思える。多くは語らないが、幼少期のことについて触れる場面がもう少しあれば不足感も抑えられたかもしれない。また、例の出来事が起きて以降はやや展開に性急さも見受けられた。前述のメッセージを伝えるキャラクターが、突然現れたある人物とやり取りを繰り広げる節での決着がそれだ。少し匂わす表現がどこかにあればと感じてしまった。
若干惜しい所もあるが、総じて完成度は非常に高く、短編ながら起承転結と作品の主題を綺麗かつ見事に描き切った内容にまとめられている。大体20~30分ほどで終わる内容だが、物足りなさは一切なく、深々と刺さる要素が散りばめられているのもあり、圧倒的な余韻と充実感が得られる。取り分け、何度も触れているメッセージを伝えるキャラクターとその人物に隠された秘密は最たるもので、その描写には誰もが唸ること間違いなしだ。
冒頭に書いた通り、本作は2020年の5月31日に公開されたもの。その点ではまさに「too late」な格好になったのが申し訳ない限りだが、素晴らしく心を打つノベルゲームだったことに感銘を受けた身として、今更ながら筆を取らせてもらった。
今後、この記事を機に読む人は少なからずいるだろう。
特に”伝えて紡ぐ人”で心打たれた人は、最後のメッセージに刮目いただきたい。
”触れる人”もまた、様々な作品に興味を持つきっかけにして欲しい。
そして”創作する人”は、自分にしかできない作品を作り、完成させる(させた)ことに誇りを持ってくれれば……と思って止まない。
遅きと言えども、作品は語り継がれていくのである。
[基本情報]
タイトル:『too late but』
作者:DTS3
クリア時間:20~40分
対応OS:Windows
価格:無料
ダウンロード及びブラウザ版のプレイはこちら
※ノベルゲームコレクション(ダウンロード、ブラウザ)
https://novelgame.jp/games/show/3386
※ふりーむ!
https://www.freem.ne.jp/win/game/23015
※ふりーむ!(ブラウザ版)
https://www.freem.ne.jp/win/game/23017