地図上には存在しない森「エルウィードの森」。花は季節問わず咲き、森の果実は枯れることなく、一年中実りをもたらすこの森には、森が認めた者しかその地に足を踏み入れることを許さなかった。
そんな森で暮らす少女「レイア」は唯一の住民で、森を守護する番人である。
ある日、レイアは魔物避けを作るのに必要な「フローラハーブ」を採取するため、森に商売で訪れる少年「クゼル」と共に魔物が現れる森の奥へと向かう。
無事、2人は奥へと辿り着くが、そこには何故か普段いないはずの魔物「トレント」の姿が。普段は大人しいが、暴れ出すと手に負えなくなる彼の者を刺激しないよう、2人は「フローラハーブ」を採取するも、トレントはしばらく森に居付きそうな様子。
しかもその影響か、本来安全なはずの生活圏にまで魔物が現れるようになってしまう。このままでは採取が困難になるどころか、いつかはトレントがこちらにやってきてしまうかもしれない。レイアはクゼル、そして生活圏に現れた魔物の撃退に協力してくれた謎の黒い犬と共に、トレントへの対応策を巡って奔走する。
少し本編開始後の内容も含めたが、以上が本作『エルウィードの森と番人』のストーリー概略である。ゲーム本体は2022年1月より、Windows PC用フリーゲームとして「ふりーむ!」にて公開中だ。
小さいけれど中身盛り沢山な小規模マップ構成のRPG
ジャンルはロールプレイングゲーム(RPG)。それも「エルウィードの森」という1つの広いマップを舞台とした、小規模構成のRPGである。
プレイヤーは主人公の「レイア」に扮し、森の中を行き来し、アイテムを採集したり、魔物と戦ったりしながらストーリーを進めていく。最終的な目標はオープニング紹介にて言及した通り、森の奥に現れた「トレント」、樹木の魔物を倒すことになる。この魔物を倒せれば、本編はエンディングを迎える仕組みになっている。
「トレント」はゲーム開始間もない頃から森の奥に待機していて、近づけば戦闘が発生するようになっている。ただし、暴れ出すと手に負えなくなる性質から明らかな通り強敵。序盤なら返り討ち必至である。
そのため、プレイヤーことレイアは彼の者と対等に勝負できるための様々な策を考え、準備を整えていく形だ。厳密にはそのための目標を記した「やることリスト」の内容をこなしていく。いわゆるクエスト達成型の進行形式となっている。
システム面では前述にて言及したが、マップ構成が目立った特徴のひとつ。本作には「エルウィードの森」という広いマップしか登場しない。洞窟や迷宮などの別環境のマップはなく、最初から最後まで森の中で完結するのだ。別の言い方で例えるなら、箱庭形式のマップ構成になっている。小さなオープンワールド、というとより想像しやすいだろうか。
また、マップにはレイアたちが暮らす生活圏と、魔物が出没するエリアの2つが地続きで繋がっている。後者は「エンカウントマップ」と称されており、移動しているとランダムで敵と遭遇し、戦闘が発生するようになっている。
また、あちこちに「薬草」を始めとするアイテムが生えていて、近づいて決定ボタンを押すと採集できる。採集したアイテムは単品として使えるほか、別の新たなアイテムを作り出す「合成システム」用の素材、換金物としての応用が可能になっている。
本作は敵と戦ってもお金が手に入らない。そのため、資金を稼ぐに当たっては採集、もしくは戦闘で得られたアイテムを売る形になる。売る時は生活圏にいる少年「クゼル」に話しかけ、「ショップ」を選べばよい。
また、「合成システム」で新たなアイテムを作るにあっては、レイアの自宅にある「まな板」を調べる形だ。ただし、アイテム作成に当たっては「レシピ」が必要。適当にアイテムを組み合わせて作る、みたいなことはできない。そんな「レシピ」はイベントを通して手に入る形。そのため、増やしたい場合はストーリーを進めるのが必須だ。
なお、前後したが戦闘は敏捷性の高いキャラクターより行動する伝統的なコマンド選択型である。ただ、ひとつ独特な要素として「森の耐久度」がある。その名の通り「エルウィードの森」全体の状態を指したゲージで、戦闘中に森に危害を加える攻撃、例えば炎系の技を使うと低下。それ以外に採集でアイテムを取り過ぎた時にも低下する。
仮にこのゲージが空になってしまうと、なんとゲームオーバーになる。そのため、戦闘でも探索でも森に危害を加えない行動が試されるようになっている。とは言え、森が受けたダメージ自体の回復手段はある。生活圏内の「畑」に「種」を植えるか、エンカウントマップ入口前の門にある袋に「魔除けのポプリ」なるアイテムを入れればOKだ。
ただ、「種」はゲーム進行に応じて仲間になる「犬」を同行させ、エンカウントマップにて採集しなければならない。「魔除けのポプリ」も合成システムで作り出す必要があるので、少し手間が必要とされる感じだ。
犬を同行させると「種」を入手できる以外にも、レイアの通常攻撃が犬による攻撃となる(※レイア自身が通常攻撃をしなくなる)。ただし、犬はレイアのように経験値を獲得してのレベルアップができない。
能力強化は犬へのアイテムプレゼントによる好感度の上昇という形で実施され、そのために合成システムなども活用して色々与えることが試される感じだ。特別な仲間という位置づけもあってか、少し変わった仕組みになっている。
ちなみに犬以外の仲間では「クゼル」、そしてあるタイミングで登場する「ヴォイド」がいる。この2人は直接話しかけ、「仲間に誘う」を選べば同行してくれる。ただし、誘えるか誘えないかは確率に基づくランダム仕様。
この確率は2人の「好感度」に応じて揺れ動くようになっていて、誘いやすくするためには前述の犬と同様、アイテムのプレゼントを行って上昇させる形になる。また、一定の値に達すると専用のイベントも発生するというちょっとした特典もある。2人に関しては他にも採集時に手に入るアイテムの数が増える、遭遇する敵の面子が変わるなどの特徴もあり、それぞれ違った探索が楽しめるようになっているのも見所だ。
他に本作には武器、防具などのアイテムが存在しなかったり(そもそも、装備という概念そのものが本作にはない)、現在のキャラクターのレベルに応じて敵の強さに補正がかかるといった要素もある。細かい所だが、犬と一緒に追いかけっこするミニゲームの存在もある種の独自要素だ。
ザッと紹介してきたが、このように本作は特徴的なシステムを多数実装した作りになっている。マップがひとつに限定されていて、2つのエリアが地続きとなっている点でもだいぶ個性的だが、中に潜るとさらなる独自要素が襲い掛かってくる。
まさに小規模なりの密度推し。
そんな表現がこの上なく似合うRPGになっているのだ。
時間の流れが遅く感じる程度に濃い目の本編密度
そして、魅力も明瞭。小規模なマップに大量の要素が詰め込まれた作りだ。
先ほど言及しなかったが、本作はRPGとしては規模的に短編に属する。「ふりーむ!」の作品ページにも記されている通りだが、エンディングまではおよそ2時間ほど。その事前情報からサクッと気軽に遊べるRPG、というのを想像するだろう。
だが、実際はその印象を感じさせないほど濃い。確かにクリアに要する時間は書かれている通りなのだが、体感的にはそれ以上と錯覚してしまうものになっている。短いはずなのに長く感じてしまう、ギャップの激しい内容なのである。
まるで時間の流れが遅いと思ってしまうほどに……だ。
それを強く実感させてくれるのが、件の大量の要素の数々、そして基本”手探り”な構成にある。前段落の紹介の通りだが、本作には特徴的なシステムが多く導入されており、個々の仕組みを把握し、活用するだけでも結構な密度を感じさせられる。
特にアイテム採集、それを用いての合成、好感度上げ、パートナーである「犬」の成長の4つはその象徴で、ひとつこなすだけでも長いイベントに集中的に取り組んでいるに等しい密度と手応えがある。現にどれも何らかの制約がかかるため(採集ならやりすぎると「森の耐久度」が下がるなど)、そうスムーズにはこなしていけず、根気が都度試される。短編だから簡単にサクッとコンプリートまで行けるのだろう、などという先入観を持って取り組んだりすれば返り討ちは必至。かなり意外性のある調整にまとめられているのだ。
手探り主体の構成もそのひとつ。「やることリスト」で目標は課されるが、何をすればいいかまでは詳しく教えてくれないので、自ら進んで試行錯誤し、実践していくしかない。
具体的には”今、できること”を探し出し、やれる限りのことをやっていく感じだ。それもあって色々手を付けては回る形になるので、長く感じやすい。結果が出るまでにも、ある程度の時間がかかるので尚更だ。やり方によっては短縮するのも可能だが、大抵、それには終わってから気付きがち。
そのような短編に見せかけて全くそう感じさせない、密度の濃いひと時が楽しめるようになっているのだ。また、色々触れるたびに「ふりーむ!」の作品ページに記された平均クリア時間への疑問も増していく。本当にそれぐらいでクリアできるのか、と。
結論を言えば、”一応”はできる。だが恐らく超過は避けられないだろう。現に筆者もそうなった。ましてや全部の要素をやり尽くそうとなれば、倍以上の時間を費やすことになる。そこまで行くと「これ、本当に短編か!?」である。まあ、プレイスタイルにより変化することは作品ページにも記されているので、何ら不思議ではないのだが。
ともあれ、この土地が小規模なのに密度が濃いという作りは、色々な方面で刺激を受けること請け合い。短編という先入観を持った上で行けば、それもより大きくなるので、既にここまでの記述で知ってしまっているとは言え、忘れた上でプレイしてみていただきたい。多分、このシステムからマップの構造まで、あらゆる要素が忘れられなくなるはずだ。
また、この短そうなのに濃いという”ギャップ”に関しては、ストーリーにおいても炸裂していたりする。これに関しては僅かでも言及すれば大きなネタバレになるので、直接遊んで確かめていただきたい。これもまた、色んな意味で忘れられなくなるはず。人によっては困惑すると同時に、「え?じゃあ、あの説明は……」との疑念が増すだろう。
戦闘難易度も高めと、侮りがたい遊び応えを持った意外性のある短編RPG
密度の濃さを感じさせる点では、戦闘難易度の意外な高さもそのひとつ。武器、防具によるステータス強化が図れないのに加え、こちらのレベルが上がると、それに応じた補正が加わるため、常に油断ならない展開が繰り広げられる。
凶悪な魔物が暴れている危険なエリアであることの説得力を高める要素としても機能しており、中でも奥に踏み込みすぎて致命傷を受け、敗北と隣り合わせの状況で入口まで戻らねばならなくなった時の緊張感は格別。存外な厳しさに圧倒されると同時に、軽い気持ちで挑めば火傷しかねない本作の実態を垣間見る……かもしれない。
ただ、補正に関しては若干強めで、レベルを上げても強くなったと実感しにくいのは気になるところ。特に中盤以降、必殺技をレイアが獲得するイベントがあるのだが、補正の影響で技の効果が看板に偽りありになってしまっている。正直、もう少し威力を底上げしても良かったように思ったのは言うまでもない。
また、前述の手探り主体の進行は、逆を言えばイベント進行のフラグが分かりにくいことも意味しており、長く繰り返していると退屈に感じやすい。全部のイベントがそうという訳ではないが、何か進展があったことを分かりやすくするため、「!」マークのアイコンを表示するのはやってよかったように思う。
それ以外で仲間たちと雑談した時の会話内容が簡素なこと、誘えるか否かが確率由来なのも首を傾げる箇所だが、キャラクターたちの掘り下げはメインストーリーの方で概ねカバーできているほか、確率も好感度システムの存在意義として機能しているので一長一短か。特にキャラクターに関しては人数こそ最小限ながら、主人公のレイアを始め、好感の持てる面々が揃っているので必見だ。彼女の”お母さん”もまた然り。詳しくは言わないが、彼女も本作屈指のギャップのひとつだったりする。
他に演出面でも戦闘に限り、一部ボイスに対応していたり(※オプションで切り替え可)、少し緩い感じの1枚絵がイベントにて挿入されたりと、凝っている所や微かにギャップを感じる要素も多い。
だが、最も大きなギャップは舞台は狭いのに密度濃いめという最大の特徴にあり。狭いなりに行動範囲を広げていく楽しさは犠牲になっているものの、この構成を採用したなりの遊び応えとインパクトを持ち合わせた本作。システム面でも独特の試みが満載なので、短編RPG好きに限らず、その種の要素が好きな人にもお薦めしたいコンパクトな力作だ。
このどこかほのぼのしている雰囲気に釣られる形でプレイしてみるのも良し。これと言って殺伐としたところもないので、きっと心行くまで楽しめるはずだ。
[基本情報]
タイトル:『エルウィードと森の番人』
作者:彩音
クリア時間:2~5時間
対応プラットフォーム:Windows
価格:無料
※ダウンロードはこちら
https://www.freem.ne.jp/win/game/27576