「涅槃(ねはん)の魔女」の弟子である魔法使いの少年「テオドール」(テオ)は16歳を迎え、「異称の儀」を間近に控えていた。「異称の儀」とは、半人前の魔法使いたちが、それぞれの師匠から「二つ名」を名付けてもらう儀式のことである。
ところが、テオドールにはひとつ、問題があった。
それは平凡すぎること。
二つ名を授けようにも魔法使いとして突出した「何か」がなかったのだ。このままだと、二つ名は「ふつう」になってしまう。「普通って言うなあ!」
なんだか別の次元からの叫びがかすかに聞こえたが、それはさておき。
そこで師匠の「涅槃の魔女」はその個性を磨くため、話を通した7人の専門家による授業を受けるよう、テオドールに命じる。かくしてテオドールは脱平凡を目指し、7人の専門家の指導を受けることになった。
果たして彼はどんな自分を見つけることになるのか。
『Type & Hope!!』は、そんな少年魔法使いの自分探しを描いたWindows PC用フリーゲームである。作者は以前、もぐらゲームスでも取り上げたRPG『Tower of HANOI』(紹介記事)のせがわ氏。これまで「RPGツクール2003」を用い、様々なフリーゲームを制作してきた氏にとって、初の「RPGツクールMV」製作品となる。
なお、本作はジャンルの関係上、Windows PC専用タイトルとなっている。
基本は会話劇重視。タイピング要素はおまけのアドベンチャーゲーム
なぜにPC専用タイトルなのかは作品名が物語る通り。
タイピングゲームなのである。
正確にはタイピング要素のある、会話劇メインのアドベンチャーゲーム。プレイヤーは主人公のテオドールに扮し、平凡から卒業して師匠より立派な「二つ名」をもらうため、7人の専門家による授業を受けていくというのが主な内容となる。
本編は日数単位で進行。始まりは決まって師匠こと、「涅槃の魔女」の屋敷からになる。この屋敷から外に出ると……
7人の専門家の場所へと繋がるドアが並ぶ庭へと移る。ここでカーソル(クリスタル)を動かし、7つあるドアのひとつを選んで決定キーを押せば、専門家のいる場所へと直行するという仕組みだ。このような形式のため、本作に用意されたマップは局地に限定されており、全体フィールドのような広いマップは存在しない。
ちなみにドアと屋敷以外にも選択可能な場所があるのだが、それについては後ほど。
話を戻すとして、ドアを選べば専門家のいる場所(マップ)に直行する。そこでテオドールを動かし、専門家に話しかけて「授業を受けたい」の選択肢を選べば授業が開始。終われば、その専門家からは授業を受けられなくなる。
そして、幾つかの授業をこなすと時間帯が夕方に。あとは屋敷にて留守を任されている姉弟子「オルガ」に話しかけ、1日を終える選択肢を決定すればその日は終了。次の日に移って、同じことの繰り返しという感じだ。
このような流れで本編は進む。ただ、これはあくまでも授業が始まってからの流れ。始まる前は専門家一人ひとりに挨拶するという独自の展開になる。始まって以降にも、この流れから外れたイベントがあるのだが、これもまた後ほど。
そんな専門家による授業はタイピングゲームとなっている。しかも、結構ユルめ。基本的に複数の問題が出され、制限時間内に指定された文字列を入力するのだが、別に時間切れになってもペナルティはない。どんなに間違えようが、最終的には全部の問題をやり遂げられる設計になっているのだ。
逆を言えば、本格的なタイピングゲームを求めると肩透かしを喰らう。いわゆるブラインドタッチの習得を想定した構成にもなっていないし、チュートリアルも最低限。そのため、タイピングの練習ソフトとしては求めないのが吉だ。(取り組み方次第では、練習ソフトにもなり得るが)
その意味では、まさにタイピング要素のある会話劇メインのアドベンチャーゲームという紹介通りの作品である。全体的にはストーリー重視。
そして、本作の魅力および見所もそこに集約されている。
個性の強い専門家たちと、”影”のある世界観
特に光っているのが7人の専門家たちである。端的に言って、個性が強い。
過保護、ツンデレ、おっとり、高慢、口下手などなど。最初の挨拶で出会った瞬間、「この人と交流を重ねると、あれやこれやの面白い展開が起きるのでは……」と想像し、期待してしまうほど、分かりやすい個性が表現されている。
実際、交流を重ねることでその期待を裏切らない展開が起きる。態度が変わったり、意外な素顔が明らかになったりなど、様々だ。中には意外というにも限度がありすぎる変貌を遂げる専門家もいるのだが、これは見てのお楽しみである。
また、専門家たちは常にドアの先にひとりでいる訳ではない。日によってはお客さんなどと交流していたり、夕方になると親交のある専門家の場所へと移動していることもある。全員という訳ではないが、テオドールのいる屋敷へと足を運んでくれる専門家もいる。
こうした同じ世界で生きる人間としての姿も細かく描かれていて、関心を抱きやすい。しかし、1日のうちに授業を受けられるのは3人まで。交流を重ねられる専門家は必然的に限られてしまうので、全員のことを深く知りたいとなれば1周以内だと厳しい。
その制約もあって、主にキャラクターたちに刺さった人ほど周回プレイへの意欲を刺激させられる。それぞれの専門家の授業を受けることでテオドールがどう変わり、そして専門家たちがどんな反応を見せるか見届けたくなってしまうほど、やり込みたくなる魅力に秀でているのだ。
この辺りはまさに『TOWER of HANOI』でも、魅力あふれるキャラクターたちを生み出した作者のセンスが炸裂している感じだ。
ちなみに魅力的なのは専門家だけではない。前述の「オルガ」を始め、他にも様々なキャラクターがストーリーの展開に応じて登場し、華を添える。加えて『TOWER of HANOI』の作者の作品だけに「やはり!」といったところなのか、テキスト量も膨大。7人それぞれの固有のイベントに加え、授業中にすら正しくタイピングした時と間違えてタイピングした時とで専用の台詞が用意されている。
また、ゲームがある程度進むと「話題」が手に入る。その名の通り、キャラクターたち(主に専門家たち)と会話する際に話題を振れるのである。
主に授業終了の直後、夕方以降の時間帯に話しかけた際にその選択肢が現れるようになっており、選んだものに応じて固有の反応を返してくれる。そのパターンも膨大に加え、話題の総数もかなりの数におよぶため、個々の違いを確かめるとなれば結構な時間を要するのは確実。『TOWER of HANOI』もそうだったが、その驚くべき物量にはいい意味で呆気にとられるはず。同時に並々ならぬこだわりも感じるだろう。
キャラクターに限らず本筋のストーリーも見所多し。全体としては牧歌的な雰囲気が漂う、ほのぼのとした内容となっている。
だが、ある程度本編が進んで屋敷の外、作中の舞台となる世界の街へと行けるようになると一変。”光あるところ、影あり”と言わんばかりの生々しい実態が露わになる。
また、中盤以降には大きなイベントも用意されている。どんなイベントかは見てのお楽しみだが、恐らくそれまでの牧歌的な雰囲気は消し飛ぶだろう。それほど思いもしないものになっている。同時にこの世界にかかった”影”の存在感が増す。
そのような出来事を経て迎えるエンディングも……これ以上は何も言えない。とにかく、自らの考えに委ねていただきたい。色んな意味で忘れられない締め括りになるはずだ。
ストーリーに関してはもうひとつ、プレイヤーを退屈させないための仕掛けとして機能しているのも見所。前述の通り、本編は終始授業に次ぐ授業が繰り返される訳ではない。街へと出かけたり、そこにある施設内を歩き回ったりなどと割と変化に富んでいる。タイピングゲームも授業専用のイベントと思いきや……詳細は本編序盤で示唆されるが、いい意味で意表を突かれるだろう。
そのような工夫を凝らしているのもあって、初見の印象とは裏腹に構成面には起伏がある。キャラクターたちの雰囲気に象徴されるように、始まりが平和的なだけに最後まで何か大きな出来事もなく終わる内容を想像するかもしれない。だが、実際はそうもいかない。
念のため、特に行き詰まってしまうような難易度の高い場面はない。タイピングゲームの作りが物語る通り、全体的にはスムーズに進むバランスである。しかし、ストーリーを重視しているなりに”変化”が明確。そういった部分でも、大いに楽しませてくれる作品に完成されているのだ。なので、全て終えた後の満足度も高い。同時に「確かにこれは会話劇がメインのアドベンチャーゲームだ」と、納得するだろう。
独自デザインで彩られたグラフィックにも注目
ここまでに掲載したスクリーンショットを見ての通りだが、グラフィックも非常に凝った仕上がり。キャラクターから背景まで、全てがオリジナルのものになっている。特に専門家たちがいる場所の背景は、それぞれの個性を見事に表現している。
キャラクターのドット絵も笑ったり、背伸びをしたりなど細かな動作も描かれていたりと非常に凝った出来。授業ことタイピングゲームでも、専門家それぞれ異なる演出とドット絵によるアニメーションが用意されているのも注目だ。
また、ボリュームは1周およそ3~4時間と短め。しかしながら、前述のストーリーに沿った変化のある展開、「話題」集めといった寄り道要素の存在もあって物足りなさは感じさせない。何より本作、全てのイベントを確かめるとなれば、ある程度の周回は必須になる。それを踏まえると規模的にも丁度良い。そういった負担を踏まえた密度に抑えられているのは評価できるところだ。
ただ、欲を言えば周回向けの引き継ぎ要素が欲しかったところも。1周の内にもキャラクターたちの情報、「話題」の2つはやろうと思えば集めきれるのだが、引き継ぎながら集められる選択肢もあれば、より楽しくなっていたかもしれない。
また、本作にはお金の概念があり、特定のイベントをこなしたり、一部のマップに落ちている「素材」を”とある場所”にいるテオドールと同い年っぽい人物に売ることで資金を調達できる。「素材」は何度かマップを出入りするたび復活するので、稼ぐのは容易なのだが、前述の収集要素を思うと作業感が際立ってしまう。これも周回で引き継げれば(そして、マップでの資金稼ぎも可能なままなら)、多少は負担を軽減できたかもしれない。
なまじ本作は様々な会話劇とストーリーを楽しむことに重きを置いているだけに、この種の機能があればより快適に楽しめたように思える。色々と制約やこだわりがあったのかもしれないが、できればあって欲しかったところだ。
裏を返せば、それほど全体の完成度が高いことの証でもある。とりわけキャラクターの描写、ストーリーの構成と世界観の設定には、作者のセンスと、余すところなく作り込む確たるこだわりが炸裂している。
正直なところ、タイピングゲームとしては浅めというか、本当におまけに近い位置づけではある。だが、アドベンチャーゲームとしての完成度は上々。個性豊かなキャラクター同士の掛け合いが好きな人なら、是が非でも遊んでいただきたい力作だ。ほのぼのとして平和そう、癒されそうという雰囲気に誘われるがまま遊ぶのも良しである。
さすれば”影”の印象は2割増し。本編をやり通した後の余韻も倍増。
さあ、思うがままに授業を受けましょう。平凡から卒業しましょう!
[基本情報]
タイトル:『Type & Hope!!』
作者:せがわ
クリア時間:4~10時間
対応プラットフォーム:Windows
価格:無料
◇ダウンロードはこちら
https://www.freem.ne.jp/win/game/28249