幻想郷、ある日の昼下がり。
何が原因かは完全に不明だが、市場が突如として活発化し始めた。
この突然の事態に「依神女苑(よりがみじょおん)」と「依神紫苑(よりがみしおん)」の双子の姉妹は、「乗るしかない、このビッグウェーブに!」の精神のもと、一獲千金を狙ってお店を開くことにした。
目指すは幻想郷の頂点に君臨する商店への発展!
しかし、店で販売を仕切る紫苑は”自分も含めて不運にする程度の能力”を持つ貧乏神。
そもそも、店の発展と一獲千金のための商売などできるのか……?
……という、突然すぎるに加えて先行き不安なオープニングと共に幕を開けるのが『ヨリガミマーケット』である。
「体力=金」!生々しい駆け引きが展開される戦闘特化型RPG
幻想郷の単語から、お分かりの方なら察せる通り、本作は個人サークル「上海アリス幻樂団」制作の弾幕シューティングゲーム作品群こと「東方Project」の二次創作作品である。作者は「東方Project」の二次創作を多数手がけるイラストレーター・羽々斬(うーうーざん)氏。2023年9月30日より、Windows PCおよびブラウザ用フリーゲームとして「ふりーむ!」、「フリーゲーム夢現」、「PLiCy」にて公開中の作品だ。なお「ふりーむ!」では専用IDが必要となるが、Windows、Mac用のダウンロード版も配信されている。
……ということは、「東方Project」を知らないと遊べない作品なのかと見なしてしまうかもしれないが、先に強調しておこう。知らなくてもまったく問題なく遊べる。疫病神と貧乏神の双子の姉妹が、一獲千金を狙って商売を繰り広げるという、基本の大筋だけ分かれば十分だ。知っていることによるメリットは小ネタが分かるようになる程度で、ストーリーにおいて理解の支障となるものはほとんどない。なので「東方Project」を全く知らない方も、本稿を通して興味を抱いたなら、そのまま挑んでしまって大丈夫だ。
そんな本作のジャンルはRPGとなる。だが、フィールドマップはひとつしかない。探索要素もない。経験値とレベルの概念もない。あるのは戦闘とお金、それを支払ってのアイテム購入。しかも、それらを”商売”へと置き換えた独自設計となっている。
本編の流れを通して紹介すると、まず最初にプレイヤーこと紫苑は、手持ちの資金を支払って女苑から店で得る商品の仕入れ(購入)を実施する。店で売る商品が揃ったら、フィールドにあるベルを鳴らして開店。直後、お客たちがやってきて販売開始となる。あとは準備した商品を選んでお客に売りつけ、相手の持つ料金を搾り取るだけだ。
お客を相手にする販売は3度に渡って展開され、終わると支出込みの売上が手持ちの資金として手に入る。以降はその繰り返しで、適時貯め込んだ資金で店を発展・拡張させ、最終的には幻想郷一番の商店へと発展させられればゲームクリアだ。
大まかな流れとしてはこんな感じになる。
「お金、アイテムの立ち位置は分かったが、戦闘は……?」と疑問を抱くかもしれないが、本作における戦闘というのはズバリ販売。開店後に発生するお客を相手に商品を売りつけるパートそのものが戦闘なのである。戦闘システム自体はターン制のコマンド選択型だが、プレイヤーがやるのは相手への攻撃ではなくて商品の売りつけ!これこそが本作最大の特徴となっている。
商売なので、ステータスの意味付けもそれに則り、所持金が体力と位置付けられている。つまり戦闘……もとい。販売では相手の所持金をすべて搾り取れれば勝利という名のお客退店となる。逆にプレイヤー側の所持金が尽きれば破産という名のゲームオーバーだ。
生々しいわ!世知辛いにも程がある!しかし、販売側なら所持金が尽きることはないのでは……と考えるところだ。それについては冒頭の通り。本作の世界では市場が謎の活発化を起こしているという設定になっている。
これが何を意味するかと言えば、お客もこちらに商品を売りつけてくるのだ!これをやられると、手持ちの所持金が減る!(同時に売りつけられた商品が手持ちに加わる)。さらに1ターン経過でも、所持金が少しずつ減っていくようになっている。なぜかと言えば、紫苑は貧乏神だからだ。ゆえに何もしなくても所持金が減っていってしまう。一般的なRPGで例えるなら、絶対に治癒できない「どく(毒)」の状態異常が付与されているようなものだ。よって、販売における基本戦術(戦略)はただひとつ。
素早く売りつけて金を搾り取る!早期決着が推奨されるバランスになっているのだ。また所持金は当然、開店前の仕入れでも消費され、販売開始時の所持金もその時の金額がそのまま反映される。大体察せるかもしれないが、仕入れをしすぎて所持金が少ない状態で販売を開始すれば、破産まっしぐらなのだ。これも一般的なRPGで例えるなら、体力1の状態で敵に戦いを挑むも同然である。よって、無駄遣いは厳禁。ただ、それでは売りつけられる商品が限定されてしまうのでは、となる所だが、紫苑は貧乏神。
「すり寄り」のコマンドを選べば、商品を売りつけずに相手のお金を減らせるのだ。ターン経過と共に溜まっていく「貧乏神パワー」があれば「ご利益」も使えるようになり、ターン未消費で商品を補充したり、所持金を増やすための借金をするといった行動が可能になる。ただ、いずれも気休め程度の効果しか出さないので、基本は仕入れた商品を売りつけていくのが推奨される。まさに何もなければ「物売るっていうレベルじゃねぇぞ!」とドヤされてからの破産の憂き目不可避ということである。
ほかにも店を拡張・発展させると「バイト」が雇用可能になるという要素も。雇用すれば、客からの売りつけによる支払額の減少といった恩恵が得られるようになる。ただ、従業員として店舗に出さなければ効果が現れない上、出せるのは2人まで。よって、誰を装備……じゃなくて「シフト表」に入れるかをよく考えることが求められてくる。
このようにRPGとしてのゲームデザインは、戦闘にフォーカスしたものになっている。そして、体力やアイテムといった様々な要素を商売にちなんだものへと置き換えており、ユニークな戦略性を表現したものに完成されている。まさに販売戦略RPGと称せる内容だ。
各種独自の仕様と貧乏神の設定が生み出した、熱中度抜群の駆け引き
ズバリ、本作最大の見所は商売というテーマによって誕生した独特な戦略性と、思わず胃がキリキリしてくる所持金を巡る駆け引き。この設定と紫苑というキャラクターがあってこそ実現した面白さが表現されている。
特に面白いのが所持金を巡る駆け引き。「体力=所持金」という設定自体は別のゲーム、自称妖精のおっさん(35歳)という先駆者がいたりするのだが、本作はそれをRPGのターン制コマンド選択型バトルへと昇華させつつ、貧乏神という設定ならではのハンデを採り入れることによって、非常にスリリングな展開を作り出している。前述の繰り返しになるが、本当に胃がキリキリしてくる体験が楽しめるのだ。
相応に販売、仕入れの場面では常に所持金という名の数字の動きに気を配り続けなければならない。最も気を配らなくてはならないのが仕入れで、在庫を潤沢にしようとすれば破産の危機にさらされやすくなり、逆に制限しすぎると客の売りつけによる支出が増大し、満足な売上を達成しにくくなる。それらの最もいい落としどころはどの辺りか、また支出が出たとしても十分な売上を出せるようにするためには何の商品を仕入れ、またどのバイトを出せばいいのか。そういった今後、起こりうることを想定しながら進めていくので、頭がフル回転状態になる。そして、色々考え続けるがゆえに本編に没頭してしまい、時間もグイグイ吸われていくのだ。
事前の戦略が的中した時の快感も相応で、それをまた味わいたいがため、終了間もなく次の販売を始めたくなることもしばしば。それで以前の結果が再現されず、手痛い支出になれば、「だったら、これはどうだ!?」とますますのめり込むようになる。
実際に店舗の経営などを経験したことがあったり、それとは別のお金を巡る駆け引きをやったことのある人なら、きっといい意味でゾッとしてしまうだろう。貧乏神というフィクションこそあれど、商売の醍醐味と恐怖がこれ以上なく表現されている。そして、それが見事にコマンド選択型バトルへと反映され、既視感がありつつもどこか新しさすらある戦略性を演出している。
そういった見所から、本作がRPGの戦闘が好きな人にイチオシな作品であるというのは言うまでもないことだ。まさに「こういう発想があったか!」と感服する面白さと体験が凝縮されている。貧乏神というフィクションの要素も一連の駆け引きにさらなる緊張感をプラスしていて、安直に商品を売りつけるだけでは攻略できない手ごわさを生み出している。
訪れる客それぞれの「好み」もそんな手ごわさを生み出している部分だ。実は訪れるお客には金を沢山支払ってくれる好みの商品が設定されていて、それによって1ターン以内の退店と支出の阻止を狙えるのだ。ただし、どの商品が相手にとって好みであるかは基本手探り。また、好みじゃなければ得られるお金も減り、逆に相手からの売りつけでこちらが沢山支出する結果を招くこともある。そのような事態も起こり得るので、本当に安直な売りつけは危険。そして、それがプレイヤー側に戦略を練る重要性を促す要素として活きているのだ。
他にお客も単純に商品を売りつけてくる者もいれば、売りつけた次のターンで退店する(売り逃げする)、値切り交渉を仕掛けてきてこちらの売上を減少させる、逆に売りつけの金額を底上げして致命的な支出を発生させるといった特技を駆使してくる者もいるので油断ならない。中には好みの商品を売りつけられてもギリギリ耐え抜き、高額な商品を売りつけてくるタイプもいるので尚更だ。
そういった客が現れ、戦略の転換が試されるのも面白い所で、基本的に仕入れと販売の繰り返しに終始する本編に大きな起伏を作り上げている。本作の内容に対しては、単調な印象を抱きやすいところもあるが、実際にプレイしてみればほぼ確実に(いい意味で)裏切られる。むしろ、その可能性を想定して変化を付けた作りに感心すらしてしまうだろう。
改めて言おう。本作はRPGの戦闘が好きな人にはイチオシである。「東方Project」を知らなくても全く問題はない。
前述したが、知っていることによるメリットは小ネタが分かるぐらいだ。なので、気になれば迷わず完全新作のRPGと見なして突撃いただいて構わない。きっと、一通りプレイしきればその意味を大いに思い知らされるだろう。声を大にして保証する。
「東方Project」を知らなくても強くおススメしたい傑作短編RPG!
エンディングまでのボリュームは大体2~3時間と、RPGとしては短編の規模になっている。しかし終始、戦略を練っては練るの繰り返しに加え、店の発展に応じた変化も激しいことから、物足りなさは感じさせない。
むしろ、始めたら最初から最後まで一気に遊び通してしまうほどに熱中度は高めである。短編だと侮ることなかれ。予想外の濃さにきっと驚かされるだろう。
また、立ち絵に販売(戦闘)時のキャラクターグラフィックなどはオリジナルで、いずれも可愛らしくデザインされている。「東方Project」のファン、そして作者の羽々斬氏を知っている方なら至福のひと時を楽しめるだろう。
総じてゲームシステムからグラフィックまで、高い完成度を誇る本作なのだが、大きな注意事項がひとつ。ダウンロード版はローディングのエラー(バグ)が生じやすい。特に破産(ゲームオーバー)後にこれが起こりやすいため、もし発生した時はいったんゲームを終了して再度起動してやり直すことを強く推奨する。今後のアップデートで修正される可能性もあるが、本稿執筆時点ではまだ実施されていない。ゲームの出来が素晴らしいだけに、非常に勿体ない部分となってしまっているので、急ぎ正されることを願うばかりだ。
それでいて本作、戦略を練ることが重要であるなりに”詰み”が生じる部分もある。特に仕入れで爆買いをした時が最も危険で、そこでセーブでもしたら悲劇不可避。しかも、本作はオートセーブ機能が備わっている関係で、それが起こりやすい。
なので、これからプレイするという人に向けては、必ずマニュアルセーブ用のファイルを別途確保して遊ぶようにと強く推奨しておきたい。そうすれば、最大の危機が起きたとしても容易に再開できるはずだ。とは言え、本作は短編なので何十時間もやり直すみたいなことは起こり得ないので、その点は安心していただきたい。
以上、注意いただきたいことを紹介したが、ゲーム自体は強くおススメできる傑作に仕上げられている。「東方Project」をご存じの方もそうでもない人も、この胃がキリキリするようなお金……という名の命の駆け引き、ぜひ体験いただきたい。すべてを終えた頃には、きっと色んな意味でお金の重要性を思い知るはずだ。同時に原作の「東方Project」が気になったのなら、そのまま行ってみるのもよしだ。
ちなみに本作の主役2人(女苑、紫苑)は、2017年発売の『東方憑依華』で出会えるぞ。(上記の通り、Steamでも販売中だ)
[基本情報]
タイトル:『ヨリガミマーケット』
作者:羽々斬
クリア時間:2~3時間
対応プラットフォーム:Windows、Mac、ブラウザ
価格:無料
備考:ダウンロード版はふりーむ!IDが必要
◇ダウンロード・プレイはこちら
・ふりーむ!(ブラウザ・ダウンロード版)
https://www.freem.ne.jp/win/game/31526
・フリーゲーム夢現(ブラウザ版のみ)
https://freegame-mugen.jp/roleplaying/game_11552.html