ぐらすまち。
(無理矢理)漢字にすれば”暮らす街”?
日常を送るスローライフゲームかと連想しそうだが、『ぐらすまち』は「ちょっと変わったおつかいゲーム」である。公称です。
別の言い方で、横スクロールのアドベンチャーゲームとも言う。
2020年9月24日、Windows PC用フリーゲームとして「ふりーむ!」で公開。自らを”暇になったら活動するチーム”と名乗る「暇つぶし屋さん」こと、2人の個人ゲーム開発者によって作られた作品でもある。
突然ですが、郵便配達お願いします。
物語はひとりの少女が無人の家のベッドで目覚める所から始まる。
なぜこんな場所で寝ていたのか?そもそも自分は誰なのか?
記憶の全てを失っていたその少女は、当てもなく家の外へと出る。
するとそこには、不思議な建物が立ち並ぶ小さな街が。
そして、街中には人っ子ひとりもいない。
近くの建物の中には誰か居ないのかと入ってみると、そこには自らを”郵便配達人”と名乗る不思議な生き物「てがみん」が居た。やがて少女は陽気でおしゃべりな彼の口車に乗せられる形で、配達人の仕事を任されることになってしまう。かくして少女は住民たちに手紙を届け、交流を重ねながら街の中を巡り歩いていくのだった……。
唐突極まりない始まり方だが、本当にそんな具合の物語になっているので止む無し。そして、肝心のゲーム内容も絵に描いたような”おつかい”。配達人の「てがみん」から手紙を受け取っては、届け先の住民へと手渡すのを繰り返しながら進めていく。手渡す際も住民にそのまま話しかけるだけと至極単純。配達のお仕事を直球で描いた設計だ。
システム面にも際立った要素はない。基本、移動と会話を繰り広げていくだけ。横スクロール構成のフィールドマップがほのかに珍しさを醸し出している程度だ。ただ、マップの規模は小さく、探索要素も少なめ。これもあって本編の進行も早く、エンディングまでに要する時間も20~30分ほどと短めになっている。まさに紛うことなき短編と言った感じだ。
ただ、記憶喪失の少女が行き当たりばったりな”おつかい”を繰り広げていくのに加えて、最終的な目標も明示されていないだけに、地味に先が読めない構成になっている。
一応、少女の記憶を取り戻す目標が徐々に見えてきて、途中で彼女自身の名前も判明するのだが、段々とこの不思議な世界と愉快なキャラクターたちへの印象が一変する。
そして、なぜ短編であるのかの意味が露わになるのだ。
短いことに意味があるストーリーと隠された”残酷さ”
本作の魅力を挙げるならば、短編であることを活かした”残酷な”ストーリーだろう。本編開始からそう遅くない時点(勘のいい人ならもっと早い段階)で分かるのだが、主人公の少女がこの街へとやってきた理由というのは、結構重いものになっている。
しかも、多少ネタバレになるが、その全容……少女が記憶を完全に取り戻した頃合いに本作はエンディングを迎える。取り戻した後に本番が始まるどころか、終わってしまうのだ。突然不思議な街で目覚め、突然郵便配達をお願いされ、そして突然終わってしまう。最初から最後まで、突然の連続なのである。
だが、この流れが少女の置かれた状況にマッチしていると同時に、そんな展開を迎えざるを得ない説得力を作り上げている。
さらにエンディングでは、街で暮らすキャラクターに課せられた運命も明らかになる。その事実も一連の突然の展開に説得力を与えているのみならず、彼らに課せられた運命の残酷さを象徴するようなものになっていて、強烈な印象を与える。そして、全てを知った後に少女ことプレイヤーは決断しなければならない。どう”終えるのか”を。
特に寄り道せず、郵便配達を純粋に進めることに徹した場合ほど、締め括りには後悔の念を抱くかもしれない。しかも、そのように進めた場合には決断が限られるようになっている。それがどのようなものかは実際に見てのお楽しみだが、恐らく後ろめたい気持ちになるだろう。仮に何も感じなかった場合は……酷いことを書くが、それは自らが冷たい人間であることを証明するのと同義だ。
そんな具合に短くしたなりの意味が込められていて、結構侮りがたい内容に完成されているのだ。ある意味、ふるい分けるストーリーとも言える。配達だけに従事し続けるか、もう少し街で暮らすキャラクターたちに寄り添ってみるか、興味を持てるか。その姿勢次第で終える時の印象が変わるからだ。実際、その加減によってキャラクターたちの反応は大きく変わるほか、残酷さを軽減させる締め括りへ繋がるきっかけにもなる。寄り添うだけの意義は十分にある。だが、そこまで辿り着けるかはプレイヤーがどこまで彼らに関心を持てるか次第。まさにふるい分けられる感じだ。
それだけに、最良の終わり方が明示されてしまっているのが若干、この特徴にそぐわないように感じる点もあるが、ゲーム的にマップをあちこち動き回る楽しさの演出にも一役買っているほか、無事やり遂げられた時の達成感も高めているので難しい所ではある。
また、少女の置かれた境遇に関しては率直なところ、ありきたりな点もある。実の所、過去に当もぐらゲームスで取り上げたゲームに似た設定を持つものがあるのだが、致命的なネタバレになってしまうので、言及はしないでおこう。
とにもかくにも、短いなりの理由が込められ、相応の闇が隠されたストーリーであること。可愛らしく、愉快な見た目とは裏腹の見所を持つ内容になっているのだ。突然の展開が続くゆえ、最初はその通り進めてしまうかもしれないが、できれば初回プレイ時はそれに従ってみて欲しい。そして、エンディングを迎えて欲しい。以降、全体の印象が変わるはずだ。
短編であることに強い意味を持つ、見所満載のADV
肝心のキャラクターも個性的。少女との交流は大分アッサリしているのだが、分かりやすい性格付けとぶっ飛んだ容姿から、一度見ただけで忘れられなくなる魅力に秀でている。ドット絵も可愛らしく、一挙一動も僅かとは言え各キャラクターの個性を現したものに仕上げられている。ちなみにキャラクター以外に、背景のグラフィックも自作。特に街中の不思議、かつお洒落な雰囲気は必見。音楽もそんな雰囲気をよく現した楽曲がチョイスされていて、人によっては穏やかな気持ちに浸れるかもしれない。
デフォルトの移動速度が早め、移動範囲がストーリーの進行に応じて広がっていくなど、プレイ時のストレスを軽減させる配慮も徹底されているほか、マップも全体的にスケールが小さいので繋がりが分かりやすい。それが進行の早さにも起因しているのだが、少女の設定を考えると、意図的にそうしている説得力が感じられるのも面白いところだ。
ただ、あまりマップに置かれた小物を調べて反応が返ってこないのが少し寂しくもある。一応、キャラクターたちがストーリーの進展に応じ、家の中で立ち位置などを変えたり、特定のイベントを進めると、少女自身にちょっとした変化を与えられる仕掛けは用意されているのだが、もう一押しあればと思ってしまった。一例に出すなら、少女の自宅内にあるスイッチのようなものだ。他にキャラクターのイベントに関し、特定の過程を辿ると永久に見られなくなる(フラグが立たなくなる)ものが混じっているのも引っかかった。1周が短いので、やり直しは容易なのが救いだが、もう少し緩くしても良かったように思える。
とは言え、全体的には短編であることの意味もちゃんと込めた良作に完成されている。ゲーム部分は単純明快ながら、プレイヤーの遊び方への姿勢を問いかけるような構成はインパクト十分。考察要素もそこそこにあるので、その手のものが好きな人のほか、サクッと遊べるアドベンチャーゲームをお探しのプレイヤーならぜひ、プレイしてみていただきたい1本だ。突然の不思議な街で、突然の郵便配達をアナタはどう進めるか?全ては自らの姿勢次第だ。
[基本情報]
タイトル:『ぐらすまち。』
作者:暇つぶし屋さん
クリア時間:20~30分
対応OS:Windows
価格:無料
※ダウンロードはこちら
https://www.freem.ne.jp/win/game/24037