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作り込まれたデザインが特徴的な『夕暮倶楽部』 チャットノベルという表現方法を活かしきった意欲作

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物語というものには、得てして自立性と閉鎖性がある。すぐれた作品に対して、舞台設定の作り込みやキャラクターの精彩な描写を根拠に「世界観の完成度が高い」といった評言を与えたくなった経験は、おそらく多くの人にとって珍しいものではないだろう。作家の想像力によって生み出された世界は一定の自立性をもつものだ。

しかしこの自立性は同時に、一定の閉鎖性、排他性をも意味する。たとえば創作技法について少し調べてみれば、冒頭から固有名詞を矢継ぎ早に登場させた作品がいかに良くない例の定番と化しているかがわかるだろう。これらはたいていの場合戯画化されているが、じつのところ、同様の原因で「作家の熱量や作り込みはわかるけどついていけない……」という惜しいラインに留まってしまっている作品の数は、決して少なくないように思われる。どのようにして作品に入り込んでもらうか。ゲームに限らず、ストーリーテリングにおいて導入部が重要となるゆえんである。

自立性と閉鎖性。物語のもつこの両面は、少なからず作家をジレンマのような状況へと導く。それに対して、今回紹介する『夕暮倶楽部』は、ゲームならではの解決策を再発見させてくれるところがある……と言ったら少し大げさに聞こえるだろうか。少なくとも高いポテンシャルを秘めた作品だとは思う。

架空の札幌市を舞台とするオカルト風味の物語

舞台は札幌市――とはいえただちに付言しておかなければならないが、注意文によれば、本作に登場する固有名詞の類はすべて架空であって、この地名も実在のそれではない――ともかく架空の札幌市で、常識夏未(つねおりなみ)という女性医師が通り魔に刺殺されてしまった、という事件から物語は始まる。


どことなく作風にマッチした注意文。

ナミは通り魔に刺殺され、地縛霊となってしまった。葬儀の形見分けで、彼女の所有していたタブレットは姪の常識考子(つねおりちかこ)に押し付けられてしまう。地縛霊となったナミは、端末に入っていたチャットアプリを使って、チカコ(作中では「チカ」と愛称で呼ばれる)にある依頼をする。

その依頼とは、自分を殺した犯人を捕まえてほしい――といったものではない。もっと簡単な、伝言である。ナミにはチャット上で私的に診察していた患者たちがいた。死んでしまった自分の代わりに「夕暮診療所は閉院しました」と、チャットで伝えてほしいのだという。こうしてプレイヤーはチカとして、彼ら/彼女らにメッセージを送信していくことになる。

本作はオカルト風味のあらすじ・設定が特徴的だが、なかでも「天道寮」と呼ばれる宗教が重要となる。作中で語られる設定は現実の神道を思わせるものだが、天道寮は魂が常世へ旅立つことを認めているのがひとつ大きな違いだ。

なお設定は、ゲームの進行に伴って更新されるTIPS画面からも確認できる。


「ヒミツのメモ」と呼ばれるTIPS画面。合間あいまに確認することを推奨。

TIPSの内容は充実しているが、物語の理解に関わる部分はプレイしていれば把握できる。たとえば序盤では、信仰をもっているはずの登場人物自身も、じつはその死生観について深くは把握しておらず、ナミとのチャットを通して理解する、といった展開がある。これは物語の導入によく見られる便宜的措置のような印象をあまり与えず、宗教(とくに民間のそれ)が、信仰心というよりは地縁的共同体によってゆるやかに支えられている実情をうまく利用した描写となっているようにも思われた。(ただ、やはり基本的にはTIPSをそのつど確認したほうが理解は進むため、随時確認することを推奨する。)

フラットな質感にレトロな色合いのUIデザイン


患者はチカを含めて七人。各曜日につきひとりの患者に焦点が当てられる。

本作はタブレット端末の画面になぞらえたUI設計となっている。こうした擬似UIそれ自体は、昨今のゲーム(とりわけインディーゲームやスマホゲーム)にもよく見られるものであるし、さほど珍しい要素ではないかもしれない。だが本作のアートワークは、その種の既視感を抱かせにくい仕上がりになっていると言っていいだろう。

フラットな質感のグラフィックで構成された本作の世界は、ジオラマのような精巧さを漂わせながら、配色やフォントなど随所にレトロな趣きを滲ませている。いわば、おもちゃ箱的なのだ。チャットアプリというモチーフの現代さに引きずられることなく、どこか懐かしさを同居させている点に、作者のデザイナーとしての手腕が表れていると感じた。こうした工夫が、既視感の払拭につながっているのではないだろうか。



チャットアプリの画面。アイコンは台詞に合わせて変化し、アニメーションもする。


チャットの背景は多めに用意されており、ちょっと猥雑なところまで含めて下町情緒がよく表現されている。

チャットノベルという表現がもつ新たな可能性

さて本作『夕暮倶楽部』を語るうえで外せない特徴に、チャットノベルという表現方法が挙げられる。この形式自体はエンジンである「ティラノスクリプト」がサポートしているものだが、じつを言うと、この表現を主軸に据えた作品は多いわけではない。理由はおそらく、活用するのが難しいからだろう。

というのはつまり、チャットといっても構造としてはキャラクター同士が話す、ふつうの会話劇と変わらないはずだからだ。さらに原則として地の文を使うこともできない。文芸ジャンルで言えば対話篇や戯曲に近いかもしれないが、即応性を重視するチャットが舞台となる以上、長い台詞は不自然さの原因にもなりがちだ。見た目の手軽さとは反面に、制約の多い表現方法ではないだろうか。歴史的にもまだ蓄積がなく、慎重に制作するならハードルはかなり高いようにも思われる。

であれば、チャットノベルはいま現在割りに合わない表現形式ということになるのだろうか。ひょっとするとそうかもしれないが、(しばしばそう言われるように)ある種のジャンルにとっては大きな効果を期待できる表現なのも事実だろう。それは恋愛とホラーである。

そもそもチャットでの会話は、クローズドな場における文字でのコミュニケーションである。ほぼ言うまでもなく、これは書簡体小説に近い効果を生む。つまり、キャラクター同士のプライベートな会話を覗き見るような仕方で作中世界へ誘うことになる。それはときに、「見てはいけないものを見てしまった」という、禁忌に触れるようなホラー作品とよく馴染むだろうし、あるいは「じつはあの子のことが……」と秘密を共有しながら共闘戦線を張るような恋愛作品とも相性が良いだろう。

『夕暮倶楽部』の場合は、主には後者である(なのでオカルトではあるものの、いわゆるジャンプスケアのような脅かし要素はない。苦手な人は安心して遊んでほしい)。それこそ恋愛相談もあれば、口説かれているのをうまくかわす、といった場面まである。

スクリーンショットからも推察されることかもしれないが、本作に登場するキャラクターはみな、置いてけぼりを食らってしまいそうなほど強烈な個性の持ち主だ。しかし不思議なことに、意外とすんなり読めてしまうところがある。これはひとつには、チャットが(見た目通りか、それ以上の)テンポの良さを生み出しているのもあるだろう。しかしそれだけでなく、物語に引き込むための方法としてチャットノベルがかなり有効に機能しているようにも思えた。

つまり、いまやチャットアプリの利用が常態化している私たちにとって、ノベルゲームのデファクトスタンダードである、立ち絵と台詞からなる画面構成よりも、こうしたUIのほうがまさしく日常的なコミュニケーションの形態なのである。(別の見方をすると、それだけ私たちのコミュニケーションがゲーム的なUIで行われている、ということかもしれない。)

物語の導入部では、少しずつ読み手を慣らしていく過程が必要となる。そんなときに、いわゆる日常パートと呼ばれるようなイベントをプロットに組み込むというのもひとつの手段ではあるが、チャットノベルには、より現代的なオルタナティヴとしての可能性があると感じた。

さらに言えば、本作の場合、生活感の溢れる背景が用意されているのもその点に一役買っているだろう。こうしたUIや背景といった周辺環境に語らせながら、キャラクターがそれとなく存在している感じを出せるのは、チャットノベルという表現方法が秘めている力だと言ってよさそうだ。このような演出もあって『夕暮倶楽部』の導入は、トータルでは効果的に成立しているように思う。

ひとつ留保すると、『夕暮倶楽部』は粗削りな部分も多い。たとえばどのボタンを押下すれば先に進めるのかわかりづらい場面もあったし、欲を言えば、せっかくここまでこだわってUIなのだから、ボタンのレスポンス等にもゲーム的な楽しさがあると良かったと思う。だが、それでも総合的に高いポテンシャルを感じさせる良作であることには違いない。まだ詳細は発表されていないが、続編の予定もあるとのこと。今後の活動に注目すべき作家のひとりだと感じた。

なお最後に。この物語は少しばかりトリッキーなツイストを含んでいる。ネタバレは厳禁。エンドはふたつある。どうか自分の目で物語の行く末を見届けてほしい。

[基本情報]
タイトル:『夕暮倶楽部』
制作者:ララライアン・スコ・スコフィールド
プレイ時間:2~3時間(ED分岐あり)
対応OS:Windows(ブラウザ版はPC上でChromeを推奨)
価格:無料

ダウンロード、プレイはこちらから
https://novelgame.jp/games/show/3995


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