人間を含む全ての有機物を分解する「死の海」に囲まれ、緩やかに滅びへと向かう世界。特別保護区「末渡島」(すえわたりじま)の高校では1学期が終業し、生徒たちの多くが夏休みで本土へと帰省する。一方、両親のいない「朝倉一希」(アサクラ イツキ)」と「言ノ葉維音」(コトノハ イオ)の少年少女2人は島に残り、夏休みを過ごすことになった。
そんな2人の前に現れた、謎の赤髪の少女「八宵ヒイロ(ヤヨイ ヒイロ)」。
彼女は2人を助けるため、”世界の終わり”からやってきたと語る。
そして間もなく、近辺で大規模な”事件”が起こる、とも。
その事件とは何なのか、彼女の正体とは……という、様々な謎と共に幕を上げる『ワールドエンド・サマーデイズ』は、2021年12月17日より「ゲームアツマール」にて公開中のブラウザ向けフリーゲームである。ジャンルは探索RPGを公称している。
正確にはRPG要素のある探索型アドベンチャーゲーム
ただ、実際の内容を端的に申せば、RPG要素を持ち合わせた探索型アドベンチャーゲームというのが正確な所だ。主に本編の流れ、マップの構成とその規模にそれっぽさが顕著に現れている。
本編は基本、ストーリー主導型。その進行に沿って主人公のイツキを操作して「末渡島」の区域を巡り、要所ごとで発生するイベントの攻略に取り組んでいく形となっている。
「末渡島」の規模も特別保護区の孤島という設定を反映してか、全体的に小さめ。そのため、イベント発生地への到達にもあまり時間は要さず、テンポよく進行する。
行く手を阻む障害を乗り越えていくRPGらしいダンジョンも、ごく一部に存在する程度。どちらかというと、ストーリー進行のために島を巡る(探索する)ことに遊びの焦点を当てており、前述の探索型アドベンチャーゲームらしさを強く感じさせられる作りになっている。
逆にRPGらしさのある箇所とは、と言われればイベント。基本的に戦闘が大半を占める。
戦闘システムは敏捷性の高い順から行動する、王道のターン制コマンド選択型となっている。ただ、そのシステム、バランス周りが独特。戦闘に勝利しても経験値、お金は一切獲得できない。
個々の概念は存在し、前者に関しては一定値に達するとレベルも上昇するのだが、いずれもストーリー本編とは別に用意された寄り道(サブイベント)の攻略が絡む仕様。戦闘とは完全に無関係なのである。そのため、キャラクターを強くしたい場合は寄り道が推奨される。
だが、寄り道にも限りがある。ゆえに無尽蔵に強化させるというのは不可能。ステータス強化に関係する装備もアクセサリー以外は固定にされているほか、回復系のアイテムも基本的に有限。というよりも、購入に必要なお金に限りがあるので、無計画に買い漁ることが推奨されていない。そんなことをすればあっという間に金欠である。
このような設定が凝らされており、育てる幅がない中で確実な一手を決めるという、戦術・戦略性を重視したバランス調整が施されている。
また、戦闘では超能力「PSI」を主力に戦っていく形となる。物理攻撃はほとんど用いない。というのも、戦闘で対峙するのは「ユウレイ」。物理攻撃が効くはずがない、(可視化はされているものの)実体皆無の存在なのである。
しかも、詳細は割愛するが、本作に登場する「ユウレイ」には直接触れた者に害を加えるという特質がある。なので、ダメージを与えるには「PSI」しかない、ということでイツキが諸々の事情から習得し、立ち向かっていくのである。
その関係から、本作ではターン経過のたびにPSI使用時に用いる「MP」も自動で回復する。ほかにもアイテム、防御などの回復手段が豊富に用意されており、空になっても詰むことがないよう配慮されている。つまるところ持久戦に持ち込めやすいと思いきや、「ユウレイ」の中にはターン経過のたびに強化されている種類もいるため、相手に応じて戦術を考える必要あり。また、前述の通りに育てる幅が限定されているので、力押しも難しい。勝利のカギを握るのは状況を踏まえた確実な一手、ただひとつ。
このようにシステム、バランスから設定まで独特の味付けが成されていて、手応えも相応というユニークな作りになっている。本編がストーリー主導型である分、イベント部分にRPGというジャンルの醍醐味のひとつ、戦闘の面白さを追求したとも言える感じだ。
そのような工夫を凝らしていることから、RPG要素のある探索型アドベンチャーゲームというのが正確なところ。双方の良い所取りとも言えるゲームデザインが特徴の作品になっているのである。
全ての体験が思い出となる、切なさ溢れるストーリーと戦闘シーン
ゲームデザインの方向性が物語る通り、見所はストーリー。全体的に先が気になる内容にまとめられている。
夏休みが始まって間もなく現れた謎の少女ヒイロと共に、近々起きるとされる大事件の阻止に挑む。そのためにイツキ、イオの2人は「PSI」の習得に取り組んだり、島で噂される「ユウレイ」の情報を集めていくのだが、なぜその必要があるのか。そもそもヒイロは何者で、どうしてPSIを自在に扱えるのか。
そのような謎が続々と浮上していき、RPG要素が提供する体験と絡めながら紐解かれていく。そして、大事件の発端に到達し、決着を迎えた時……また”夏休み”が始まるのだ。
耳を疑う展開だが、本作のストーリーにはその種の仕掛けが凝らされているのである。そこを通す形で作中最大の謎は明かされ、”新しい”夏休みが始まる。そこで今まで見えなかった真相も暴かれて、ようやく”終わり”を迎えるのだ。
何となく仕掛けの詳細が察せるかもしれないが、つまるところそのような作りなのである。同時に非常に切ない。特に”終わり”に辿り着いた時の展開は最高潮で、”ある要素”が解禁された戦闘イベントの発生も相まって強烈な印象を残す。ここに到達するまで乗り越えてきた戦闘にて、苦戦した経験が少しでもあれば、感慨深さもより大きなものになる。
まさに作品全体を構成する要素を駆使したストーリー体験が味わえるのだ。
若干、展開自体は使い古された部分があり、分かる人なら比較的早く気付いてしまう所もあるのだが、制約のある戦闘を通してプレイヤーの分身たるイツキの立場が直接的に伝わってくる構成は秀逸の一言。
RPG要素、探索型アドベンチャーゲームの要素もちゃんと活かされたストーリーに完成されているので、前述したRPG要素のある探索型アドベンチャーゲームとの言及も納得……できるかもしれない。
戦闘も育成の幅を狭めたことによって生まれた、緊張感が持続するバランスが見事。どんなに寄り道をこなしてレベルを上げようが、一定の強さに留まる設計のため、どの戦闘も頭を働かせながら挑む必要があるので、全くもって退屈することがない。
また、戦闘には基本、イツキひとりしか参加しない。残るイオ、ヒイロは別行動を取っているという設定のため、他のメンバーに回復役を担わせるといった戦術で安定化を図ることも難しいのである。これも戦闘の緊張感を引き立てていて、まさに油断ならない駆け引きが楽しめる。
また、ストーリー設定の視点から見ても、「ユウレイ」を軽々と倒してしまうヒイロの強さが相対的に際立っていると同時に、様々な苦難を通してイツキが成長していくという演出として効果的に機能している。もし、最初から無類の強さを発揮するような設定だったら、ヒイロの強さも霞んでいただろうし、終盤に向けての展開にも説得力が出なかっただろう。そう言ったストーリーを魅力的にするようなバランスに調整されているのには、各種要素を空気にさせまいとするこだわりが滲み出ていて見事。個々の特徴に由来する手ごわさがあっても、それが必要と意図するかのように通した姿勢には拍手を送るばかりだ。
こうした特徴もあって、本作は主にゲーム特有のストーリー体験が好きな人ほど刺さる作品に仕上がっている。舞台規模が小さいため、本編のボリュームはそこまで大きくないのだが、絞り込んだなりの工夫もあって密度は濃く、大筋も明瞭で分かりやすい。そして、RPGというゲーム体験があるからこそ印象にも残りやすい。この全体的な構造と、夏休みが何度も始まる仕掛けに少しでも興味を抱いたのなら、すぐにでもイツキに扮して事件解決に乗り出して欲しい。きっと期待通りの体験が得られるはずだ。
逆にRPG特有のダンジョン探索や育成の楽しさを期待するのは禁物。基本的に装備、レベルを自分なりに工夫したり、強化を図って本番に挑む攻略の楽しさと自由度は皆無に等しいので、その手のものを求めている人はご注意を。
戦闘の楽しさ、特に戦術・戦略性は期待しても大いによしだ。
マップの視認性が気になるも、雰囲気作りの見事な良作
そんなストーリー作りの上手さが光る本作だが、気になる点も色々散見される。
特に筆者が気になったのはマップの視認性。スクリーンショットの通り、本作は地形からキャラクターまで全てオリジナルのドット絵で描かれている。色遣いも滅びに向かいつつある世界観にマッチした淡い雰囲気を醸し出しており、素晴らしい仕上がりなのだが……いかんせん、その影響で視認性に難が生じている。
具体的には入口、出口といった繋がりを示す箇所が判別しにくい。
研究施設区画外部のマップは最もそれが現れている。商店街の区画も研究施設ほどではないが、抜け道など通行不能と錯覚してしまう部分が幾つかある。学校の前のように先に行けそうなのに行けない箇所があるのも紛らわしい。
せめて矢印を表示する、あるいは入口近くの地面の色をもっと濃くして「ここから入れる(通過できる)」と暗に訴える作りにしてくれればと思ってしまったところだ。雰囲気はいいのに、こうした分かりにくさが出てしまっているのは本当に惜しい。さすがに矢印は雰囲気を損ねないが、色の調整は検討の余地があるのでは……と思った次第だ。
それ以外だと、中盤の展開と変化が少し唐突なこと。ただ、これは時間の経過で察せるので本当に些細な部分だが、もう少し場面を増やすなどの肉付けができたように思えた。
気になった部分を大きくクローズアップしてしまったが、それだけストーリーを始め、全体の完成度がよいだけに惜しいという裏返しでもある。世界観の設定も凝っており、とりわけ人間を含む全ての有機物を分解する「死の海」は、現実にも起こり得そうな不気味さが表現されていて印象深い。島内で過ごしている住民たちもモブとは言え個性がよく表現されていて、中でも「ねこししょう」は色んな意味で忘れられなくなること請け合いだ。
ドット感溢れる文字フォントが醸し出す懐かしい香り、淡い色遣いが異彩を放つ一枚絵(スチル)、切なさを際立たせる音楽など、細かい部分の作り込みも素晴らしく、十分に良作と言い切れる仕上がりの本作。
前述のゲームデザインの方向性が物語る通り、RPGというよりは探索型アドベンチャーゲームに寄っている作りだが、どちらの部分も遊び応えは抜群、かつ満足度の高い内容になっているので、興味があればぜひプレイいただきたい。
特にゲームならではのストーリーが好きな人には結構な頻度で刺さるはずだ。緩やかに滅びへと向かう世界で、不思議で切ない夏休みを送ってみよう。
[基本情報]
タイトル:『ワールドエンド・サマーデイズ』
作者:蒼木いつろ
クリア時間:4~5時間
対応プラットフォーム:ブラウザ
価格:無料
※プレイはこちら(ゲームアツマール)
https://game.nicovideo.jp/atsumaru/games/gm20357