伝説的な建築家の建てた「館」に訪れた探偵が、不可解な惨劇に巻き込まれていく様子を描く長編推理小説『館』シリーズ。1987年刊行の第1作『十角館の殺人』を機に始まった同シリーズは、作家・綾辻行人氏の代表作であり、本格ミステリの金字塔として今なお、圧倒的な人気と知名度を誇る。同作に影響を受けた作品も数知れず、その中にはゲームも少なからず存在している。
今回ピックアップする『えっ!俺以外みんな犯人!? ~半人館の殺人~』も、『館』シリーズの影響が露骨に現れたWindows PCおよびブラウザ向けフリーゲームだ。というか、作品名からしてモロである。
念のためだが、本家本元とは完全無関係の作品だ。”館”が用いられているのもサブタイトル的な所なので、そういうものだと思っていただきたい。
チート探偵が華麗に事件を解決……どころか大ピンチ!?
本作『えっ!俺以外みんな犯人!? ~半人館の殺人~』……長いので以下『半人館の殺人』とする。
その主人公を務めるのは「十善 創(じゅうぜん そう)」という名の探偵である。
ある日、彼を含む10名の人物が孤島にある「半人館(はんにんかん)」なる館に集められた。
この館は「安房 吉水(やすふさ よしみず)」という有名な建築家によって建設されたという。そんな安房が関わった建物では、必ずと言っていいほど殺人事件が起きるとの噂があった。よって、この「半人館」でも殺人事件は起きるのではないだろうかと、集められた10名のひとりである株式会社AICH(あいち)社長「一ノ瀬 正巳(いちのせ まさみ)」は十善に対し、おちょくるように言った。
そして翌日、一ノ瀬は殺された。噂通り、殺人事件が起きてしまったのである。
しかも、館の電話線が切られており、外部への連絡が不可能。携帯電話も電波が一切届かないことから使えない。極めつけと言わんばかりに、島へ迎えの船が来るのは2日後。
かくして残された9人が集まり、犯人捜しが始まるのだが……十善はすでにその答えを持っていた。なぜなら彼は通称”考えない探偵”。紙に書き起こした容疑者のリストにある名前を指さし、目を閉じてその人物の顔を思い浮かべるだけで、その人物は犯人か否かを断定できる、チートとしか言い様のない特殊能力の持ち主だからである!
現に彼はその能力を用い、これまでに数多の難事件を解決してきた。今回も過去の例にならい、容疑者を記したリストを用意。他の8人の目が届かぬ部屋へと移動し、いつもの手順を踏んで誰が犯人なのかを暴き出そうとした。
だが、彼にとっては超が付くほどの想定外にして、前代未聞の事態が起きた。
なんと、リストに記した全員が犯人と断定!彼以外の周りの人間が敵であることが発覚したのだ。何かの間違いかと思い、再チャレンジを試みても全員犯人だと特殊能力は告げる。唯一、犯人ではないのは十善ただひとり!
「えっ!俺以外みんな犯人!?」
……という感じに本作の物語(本番)は幕を開ける。
端的に言えば、チート能力に頼りきりだった探偵が想定外の状況に苦しめられる物語だ。
ゲームとしてはサウンドノベルになる。テキストを読み進めながら、このチート探偵がとんでもない状況に翻弄される様を追っていく。物語そのものは1本道で分岐要素はないのだが、一部のイベントで選択肢が発生。正しいものを選べば物語が進み、誤ったものを選べばゲームオーバー(バッドエンド)を迎える仕掛けが凝らされている。
なお、ゲームオーバーになると前回セーブしたところからやり直し……にはならず、選択肢を決める直前からの再開になる。そのため、全体的な難易度は低め。ほぼ総当たりで進めていけるバランスだ。
同時にこの一連の奇天烈な物語を描くことに集中特化した内容にまとめられている。
予想だにしない大ピンチ、そして驚愕の結末!?
なので、作品としての魅力も分かりやすい。
主人公以外、全員が犯人という状況下で展開される物語だ。
本来、ミステリというのは登場人物の誰が事件を起こしたのかと、犯人を推理することが醍醐味のひとつとなっている。
だが、本作の物語では誰が犯人なのかが最初の時点で分かってしまっている。しかも、主人公を除く全員が犯人である。味方はひとりもいない。そして、電話線は切られ、携帯は繋がらず、迎えの船が来るまで2日待たねばならないという危機的状況。
もう、この物語のなにが魅力なのかは分かりやすいだろう。全くもって先が読めない。全員犯人だと指摘したとしても、第三者がいない状況ゆえ、返り討ちからの袋叩きになるのは火を見るより明らか。かと言って、黙ってやり過ごそうとすれば、誰かしらの不意打ちを決められかねない。じゃあ逃げようと思っても、船がないから不可能。「なら、どうやってこの状況を乗り越えればいいのよ!?」「誰か教えてよ!」と、想定外の状況に追い込まれた主人公に同調しやすい、非常にユニークで恐怖すら覚える物語になっている。
その特徴を証明するがごとく、全員が犯人だと確定した後に繰り広げられる展開も「なにごと!?」の連続である。詳しい内容はネタバレになってしまうことから省略するが、この設定に違わぬ”先の読めなさ”というものを嫌になっちゃうぐらい思い知らされるだろう。
主人公が翻弄される様も必見だ。そもそも、考えずに事件を解決する探偵という時点で破天荒が過ぎるが、そんなチートに頼ってきた代償を支払うかのようにハプニングと大ピンチに彼は巻き込まれていく。しかも、今までが今までだけに彼は”考える”という経験に乏しい。そんな彼がどうやってこの状況を乗り越えていくのかも、大きな見所になっている。
考えない探偵という設定そのものも面白い。これが灰色の小さな脳細胞を持っているとか、見た目は子供でも頭脳は大人であるといった感じの優秀な探偵だとしたら、まず描くのも難しい物語だっただろう。
また、プレイヤー(読み手)と置かれた立場がほぼ共通しているので、自然と彼の行動や言動にも同調しやすい。それと共に物語の行く末も気になってしまい、中断を挟まずどんどん進めていきたくなる。予測不能な状況が発する訴求力も相当なものだが、主人公の設定もなかなかパンチが効いており、本作特有の存在感と個性を確立させている。こうした主人公だからこそ、選択肢のシステムも上手い具合に溶け込んでおり、プレイヤー自身が彼になりきる体験を作り上げているのにも唸ってしまうところだ。
そんな予測不能な状況を主人公はどう打開するのか。そもそも、どうして主人公以外が犯人なのか。彼らはいったい、何を目論んでいるのか?
すべての真相と結末は、実際に本編をプレイして確かめていただきたい。
正直、「……は???」となってしまうかもしれない。
(これにはいい意味も悪い意味も含む。多くは言えない……)
断じてコメディにあらず。ガチのミステリです。
本編全体のボリュームは、選択肢ミスによるやり直し込みでも大体1時間程度。そのため、規模としては短編に属する。ただ、最初から最後まで予測不能な展開の連続なのもあり、物足りなさは感じにくい。
むしろ、詳しくは言えないが、進めれば進めるほどに「……は??」となってしまう出来事が続くこともあり、終えた頃には謎の充実感すら抱くかもしれない。人によっては結末に惹かれるがまま、2周目を始めてしまう可能性も無きにしもあらずだが。
また、本作はサウンドノベルということで、キャラクターの立ち絵と言ったグラフィックは一切なく、背景のみとなっている。それもあって見た目はシンプルだが、状況に応じて不気味なカットを挟んだり、音楽を変えるなど演出はきちんと押さえている。これもまた詳しくは言えないが、特に中盤辺りの展開は思わずゾッとしてしまうかもしれない。
細かいところでも、『館』シリーズを知っている人ならニヤリとする小ネタが仕込まれていたり、登場人物たちの名前には必ず漢数字が入っていることから状況把握も分かりやすいというのも見所のひとつとして挙げられる。
タイトル名、そしてタイトル画面のイメージイラストからコメディを連想しやすい本作。実際にプレイしてみると分かるが、状況と主人公こそ若干ギャグだが、なかなか真面目なミステリになっている。何より結末は色んな意味で声が出てしまうものだ。これが人によっては大きな不満点になり得る側面もあったりするが。
まさに色んな意味で予測不能な(&ちょっとギャグも入っている)ミステリを堪能できる本作。この設定とタイトル名のうさん臭さ(?)に惹かれるものがあるなら、ぜひプレイいただきたい1本だ。チート探偵になって、この危機的状況を打破し、事件解決という名の結末を見届けよう。
同時にチートに頼り過ぎれば地獄を見るという真理(?)も思い知るのです。
[基本情報]
タイトル:『えっ!俺以外みんな犯人!? ~半人館の殺人~』
作者:伏見のヒナタはん
クリア時間:50分~1時間
対応プラットフォーム:Windows、ブラウザ
価格:無料
◇ダウンロード・プレイはこちら
・ノベルゲームコレクション(※ブラウザ版もあり)
https://novelgame.jp/games/show/8392
・ふりーむ!(※ブラウザ版のみ)
https://www.freem.ne.jp/win/game/31084