関東某県の街中をひとりの少女「ナントカ」が歩いていた。だが、マンホールの上を通過しようとしたその時、突如としてその倍の大きさの穴が開く。
なす術もなく転落してしまったナントカが目覚めると、そこはファンタジーな異世界。
しかも、狭い。規模にしてアスペクト比「4:3」の1マップサイズ。
そして、その周りには5人の女性と謎の小動物が1匹。
ナントカの傍にいた「ドゥ」という名の女性によれば、この狭い異世界は「エルダ」という名の王女を捕えるための牢獄として作られたという。しかし、ナントカが秘めていた魔力が王女とソックリだったためか、間違って呼び込まれてしまったらしい。なんとはた迷惑な!
そして、脱出するには門番の女性「シドロフ」を倒すしかないとのこと。
かくして、狭い世界での脱出劇は幕を開けたのだった。
そんなあまりにも唐突すぎるオープニングと共に始まる『たったひとつの?冴えた?ナントカ』は2023年6月より、「ふりーむ!」「フリーゲーム夢現」にて公開中のWindows PC用フリーゲームである。ジャンルはストーリーを読んでのごとくの脱出ゲームだ。
ターゲットは非情なる門番!彼の者を倒す手段を探せ!
遊び方は単純明快。カーソルで主人公のナントカを移動させ、怪しい場所を調べたり、あちこちにいる女性たちと会話したり、戦闘を仕掛けるなりして、脱出を阻む門番「シドロフ」撃破のための策を探っていく。
カーソルでナントカを移動させる、戦闘を仕掛ける部分からして、思いっきりシミュレーションRPG(SRPG)だが、実際SRPGである。制作に用いられているツールも、SRPG作りに特化した「SRPG Studio」である。
つまるところ、本作は脱出シミュレーションRPGと称せる作品なのだ。頭文字を取って略すなら「ESRPG」……って、なんか違う意味を持ってしまいそうなので、以降は使わないことにする。
とにもかくにも、キャラクターの動かし方から行動に至るまで、本作はSRPGのスタイルに沿って実行していくのである。なお、SRPGと言えばプレイヤーと敵の順で展開されるターン制のシステムが定番だが、本作には採用されていない。そもそも、脱出ゲームなので必然性がない。こちらを付け狙う敵もおらず、脱出を阻む門番と謎の小動物がいるぐらいだ。ターン制の出る幕がない。
しかしながら、移動や怪しい場所の調査などの行動を行うと、画面左上に表示された「週間」がカウントされていくようにはなっている。カウントされるといっても、特に「〇週間が経過するまでに脱出しろ!」といった条件はなんら設定されていないので、普通に脱出を目指すならば気にしなくて大丈夫だ。普通に脱出を目指すならば。
なお、脱出のカギはこれまでにも紹介している通り、門番「シドロフ」を倒すことである。やり方は簡単で、彼女に戦闘を仕掛けるだけでいい。
しかし、主人公のナントカは戦闘経験皆無の貧弱な一般市民。対するシドロフは戦闘のベテランにして、「プリンセスレイヤー」なる凶悪な武器を装備している。仕掛けた所で何が起こるのかと言えば、一刀両断の返り討ちである。ちなみに戦闘ではなく、彼女との他愛もない会話を繰り広げても終わったら即刻一刀両断される。なんたる理不尽!無論、一刀両断されればナントカの命は尽き果て、ゲームオーバーのさようならだ。
実際はゲームオーバーにもさようならにもならない。スタート地点であるマップ中央に強制送還されるだけ(&画面左下に表示されている死亡回数がカウントされるだけ)。また、それまでの行動で得られた武器やアイテム類、イベントの進行、ナントカのステータスなどもリセットされずに引き継がれる。シドロフに与えられたダメージも、だ。
なので、強制送還覚悟で何度も挑み続ければ、いつかはシドロフを倒して脱出できるようになっている。とは言え、シドロフはそう簡単に倒せるような相手ではない。繰り返すにしても、相当な回数を重ねることになるのは不可避だ。
「さすがにそれは辛すぎる!」と思うなら、マップ上の怪しい場所に仕組まれた謎を解いて隠された武器やアイテムを手に入れたり、奇妙な小動物を狩るなどして経験値を稼ぎ、ナントカ自身のレベルを上げていくしかない。一連の行動を経て手に入るお金でドーピングアイテムを購入し、ナントカ自身のステータスを底上げする手もある。それらの策を講じつつ、シドロフに対抗(抵抗)できるようにしていくのだ。
このような別の解決方法も用意されていて、どれを選ぶかはプレイヤーの判断にゆだねられる。何度もシドロフに一刀両断され続けながら倒す苦行を選んでも、真面目に突破口を探ろうとも、力こそ正義な物理押し解決策を講じても、脱出できればそれでよし。なぜならば、こちらは無理やり異世界に呼び込まれた部外者なのだ。部外者なんだから、なにしたっていいだろ!
そのような意図が込められているのかはナゾだが、以上のように脱出ゲームとしては珍しい自由度を持った作品に仕上げられている。しかも、キャラクターの移動や行動がSRPGスタイル、経験値を稼いでのレベルアップというシステムまで実装。シミュレーション脱出RPGの意味を存分に思い知らされる、革新性にも富んだ内容である。
真面目に謎を解くのも、力で無理矢理解決するのも構わない革新性
この作品の何が魅力かも分かりやすい。脱出方法のバリエーションが多彩であることだ。しかも、戦闘要素と育成要素によって、力押し(暴力)による攻略が許容されている。
脱出ゲームと言えば、大抵はその行く手を阻むパズルや謎を解き明かすことが定番だ。デジタルではなく、現実世界側で遊ぶ脱出ゲームにおいても、入り組んだパズルや謎かけに頭をフル回転させて挑むのが醍醐味になっている。直感的な行動では、決して出口への到達は成し得ない。ましてや、力に任せて目の前の仕掛けを壊すなんてご法度だ。それほどまでに、脱出ゲームにはパズルと謎解きが欠かせない存在として定着している。それらが存在しない作品はあまり見受けられないと言っても大げさじゃないほどだ。
本作もパズルはないものの、謎解きは複数用意されており、脱出ゲームとしての体裁は整えている。しかし、それに真剣に取り組まずとも脱出は可能というのが、他の脱出ゲームとの大きな違いにして際立った特徴になっている。それもRPG定番の攻略方法、「レベルを上げて物理で殴る」が通用するという設計である。
なので、真剣にマップ内の謎全てを解き明かさずとも、主人公のナントカがシドロフと対等に張り合えるほど育てきったら、直接対決を挑んでしまっていい。倒せたのなら、そのまま脱出してしまってもいい。頭ではなく、暴力で行く手を阻む障害を消し去っても構わない。それによって咎められること自体もない。そんな「脱出ゲームのパズルや謎解きは面倒くさくて嫌なんだよ!」「とっとと脱出したいんじゃ!」という思いに応えてくれる設計に本作はなっているのだ。
これだけでも、本作がいかに珍しいタイプのゲームになっているのかは想像に難くないだろう。しかも、驚くべきことにシドロフ以外の謎解きに関係してくるキャラクターたちにも戦闘を仕掛けられ、倒すことができてしまう。
そして、倒してしまったことによる弊害は一切ない。むしろ、逆に倒せば謎が簡単に解けるようにもなるのだ。さらに重要なことなので繰り返すが、本作の脱出条件はシドロフを倒すことである。つまるところ、他のキャラクターが居なくなったところで大した影響はない。
そんなのアリかと思うかもしれないが、アリなのです!それがこのゲームなのです!まさに脱出ゲームの定番を覆すと同時に、ありそうでなかった遊び方を提唱したゲームに仕上げられているのだ。
また、脱出ゲーム(謎解きアドベンチャーゲーム)とSRPGが自然に融合したゲームデザインも見逃せない。特にマップ内に仕掛けられた謎を明かすに当たり、マス目をしらみ潰し感覚で探るというのは、SRPGに慣れ親しんだ人なら”アレ”を思い起こすはずだ。隠された財宝(特別なアイテム)を探し出す、というアレである。それを本作は謎解きアドベンチャーゲームの遊びへと転換しているのだが、よく考えてみれば、しらみ潰し感覚で調べるのはアドベンチャーゲームでも事態打開の際に活用されるテクニック。おかげで全然違和感がないどころか、遊びとして綺麗に融合しているのには思わず笑ってしまうこと請け合いである。
謎解きの一部にSRPG要素が関係してくるものがあるのも面白いところ。特にステータスや手にした武器に応じて結果が左右される類の謎解きには、本作のシステムがあってこその独自性とヘンテコさを実感させられるはずだ。
マップのあちこちにいるキャラクターたちに話かけ、情報を集めたり、それによって経験値が得られる仕組みもアドベンチャーゲームとSRPGの要素が自然に融合していて、こういう組み合わせもありだなと思ってしまう納得感が出ているのも面白い。
そして、攻略法が多彩な分、周回プレイも楽しめる。しかも、周回時にはそれまで上昇させたステータス、獲得したアイテムなどをそのまま引き継いで再開できるので、前回の周回時にはできなかったアレとかコレとかを気軽に試せる。そうした欲求に応じ、3種類の異なるエンディングが用意されているのも、挑戦意欲をホドよく刺激してくれる。そのエンディングには、紛うことなき脱出ゲームだと実感させられる攻略法が試されるものもあって、純粋に謎解きを楽しみたいプレイヤーも楽しめること請け合いだ。
脱出ゲームとSRPGの組み合わせって、そもそもどうなんだと思うところだが、遊んでみると驚くほど自然にまとまっている。それと共に今までにない攻略法も許容された設計になっており、新鮮な体験も楽しめる。なので、少しでもこれらの特徴に興味を持ったのなら、チャレンジしてみていただきたい。きっと意外な親和性に驚かされると同時に、SRPGの新たな可能性を目にするかもしれない。
SRPGの新境地!?新感覚にして異色の短編作品
ボリュームに関しては、すべてのエンディング到達と称号のコンプリートを目指した場合、大体2~2時間半ぐらいといったところ。1周に要するのは15~20分程度と短めだが、おかげで周回に取り組みやすいというメリットが生じている。
周回のしやすさには、マップスケールも大きく貢献している。これまでのスクリーンショットの通り1画面サイズで、これ以外のマップは一切用意されていない。だが、おかげで謎解きや移動の際に無駄な時間が発生しにくく、テンポよく進めていける。マップ自体も隅々に色んな要素が仕込まれているほか、攻略法によって様々な変化が生じるため、密度が薄いとはほとんど感じさせないだろう。
また、前述したが本作には行動するたびに「週間」、やられるたびに「死亡回数」がカウントされていく要素があり、これの最短記録を狙うやり込みも楽しめる。そしてこれを目指した途端、SRPGっぽさが強まるという見所もある。特にSRPGで最短ターンクリアのやり込みが好きな人なら、これには思わず身が入ってしまうはずだ。同時に脱出ゲームとしての新しさも実感させられるかもしれない。
他にストーリーはオープニングの通りほとんどギャグなのだが、設定やキャラクターたちに闇があったりなど、侮りがたい見所がある。脱出を果たした時にも少し切なくなる結末を迎えるが、そこにも……これ以上は本編をやり込んで確かめていただきたい。おそらく、そこまでやり遂げればキャラクターたちの印象がより一層強いものになるはずだ。
なお、本作はマウス操作を前提にしている。そのため、ゲームパッドで遊ぶとマウスのポインタが付きまとい、キャラクターとの会話を終えるとカーソルがその相手に合わさった状態になるといった難がある。特に「SRPG Studio」製のタイトルをゲームパッドで遊ぶことを常にしている場合は注意が必要だ。一応、ゲームパッドでも遊べなくはないが、煩わしさを感じずに遊びたいならマウス操作で遊ぶことをお薦めしたい。(なお、マウス操作の設定はオプションに項目がない都合、OFFできない)
それ以外で気になるというか、好みが分かれそうなのはしらみ潰し系の謎解きがやや多いことだが、逆に言えばそれ以外で目立った難点はなく、すんなり遊べる設計だ。ジャンル名からしてイロモノ感こそあれど、ちゃんと脱出ゲームであり、SRPGにも仕上がっている本作。ボリューム的に短編でもあるので、長編のSRPGに疲れ気味の人にも優しい設計だ。この意外な組み合わせの成果が気になれば、ぜひお試しいただきたい。
SRPGと脱出ゲームの新たな……というか、異色の可能性がここにある。
さあ、何をしてもかまわぬ!あらゆる手段を駆使して門番を倒せ!
[基本情報]
タイトル:『たったひとつ?の冴えた?ナントカ』
作者:草次暁子
クリア時間:1周:15~20分(※完全クリア時:2~2時間半)
対応プラットフォーム:Windows
価格:無料
◇ダウンロードはこちら
・ふりーむ!
https://www.freem.ne.jp/win/game/30755
・フリーゲーム夢現
https://freegame-mugen.jp/simulation/game_11166.html